いちばん近くて遠い人
 騒がしい声に顔を上げる。

 朝一番の顔がむさ苦しいおっさんの顔だなんて気が滅入る。
 武蔵の驚いたような顔が飛び込んできた。

「珍しいな。雅也が会社で寝るなんて。
 ずっと昔の頃みたいだ。」

「そんなんじゃねーよ。
 ただ………。」

「ただ?」

 あんな純粋な涙を見た後に俺だけ色欲に溺れられなかった。

 ただ、それだけだ。

「なんでもない。ちょっと毒されただけ。」

 武蔵は鼻で笑って意見した。

「毒を抜かれた間違いだろ?」

「どうせ俺は毒だよ。
 ………そうだよな。毒にしかならねぇよな。」

「なんだ。大丈夫か?」

 武蔵が何事かと覗き込んできて、悪態をつく。

「気味悪い。野郎が野郎の心配すんな。」

「俺だって男より女の子の心配してたいさ。
 だけど、雅也……お前…………。病気か?
 いや、今までが病的だったんだが……。
 治ったのか!」

 アホみたいに盛り上がる武蔵を放っておいて、もう一度、机にうつ伏せた。

 だいたい最近は女ところに行っても何かが違う気がして、何もする気になれない。

 ここ最近、ずっとそうだ。









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