いちばん近くて遠い人
 南の同級生『普通女』は契約を予定通り行う代わりに営業担当の変更を申し出た。
 あからさまな態度に苦笑する。

 しかしその程度で済んで喜べばいいのか、はたまた………。

「すごいじゃない。
 立て続けに契約なんて。」

 美智が隼人を称賛している。

「いえいえ。
 1つは加賀さんの代役で棚ボタ的な感じですし。」

「平井様は思っていた通り良かったですね。
 平井様がお幸せそうで本当に良かったです。」

 嬉しそうに南も隼人と話す。

 南がアシスタントについた時のお客様が隼人に相談したお陰でトントン拍子に話が進みご結婚が決まった。

 お相手の方と挨拶に来て、是非とも早川さんにこのまま担当して頂いてマンションを決めたいと仰られた。

 隼人の手柄に隼人のお客様だ。
 言われなくてもよっぽどのことがない限り変更などしない。
 そして今回の契約に至った。

「この調子で頑張れよ。」

 俺がカツを入れると「はい!」と引き締まった顔をさせて返事をした。
 頼もしい限りだ。

「さぁ。仕事を再開しよう。」

 武蔵は営業に向かい、美智と南は事務処理。
 隼人も午後からのお客様との営業の準備に取り掛かった。

 しばらくして南が席を立った。
 休憩を取るのだろう。

 自販機の方へ向かう南の後を隼人が追う。
 2人が仲良く話しながら歩く後ろ姿が見て、目をそらした。

 隼人はいい奴だ。
 南が隼人を選ぶのなら何も文句はない。

 仕事も安心して任せられる。
 これからどんどん伸びていくだろう。

 けれど……。
 隼人じゃないんだよな。南の相手は。

 そこまで思って鼻先で笑う。
 じゃどんな奴ならいいんだよ。
 娘を嫁にやる父親か。俺は。

 ……馬鹿馬鹿しい。
 相手が俺じゃないことだけは確かだ。










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