いちばん近くて遠い人
「サボりか?」

 振り向けば加賀さんが自販機で飲み物を買っている。

 私の手にしている缶を視界に捉えて「ブラックが好きだったのか」と言葉をこぼした。
 それは悪かったな。というニュアンスを含ませて。

「いえ。カフェオレも……。」

「だったら交換してくれないか。
 間違えて買っちまった。」

 手の中から缶を奪われて再び戻って来たのは甘い甘いカフェオレ。

 どこまで本当?
 本当に間違えて買ったの?それとも……。

「気分転換が済んだら戻れよ。
 酒井様が礼をしたいから見舞いに来いって。」

「え……はいっ。」

「急がなくても面会時間は午後からだ。
 ゆっくりリフレッシュしろ。」

 コーヒーを軽く上げて「ありがとな」と加賀さんは戻って行った。

 浮かせた腰を再び椅子に下ろす。
 そして手の中にあるカフェオレを見つめた。

 意味なんてないに決まってる。

 缶を開けてゆっくりと飲んだ。

 まろやかなミルクに柔らかな甘み、そして甘いだけじゃないほろ苦いコーヒーの香り。

 優しい味が心にも染みるようだった。

 加賀さんのこと………好きだなぁ。
 そんなことをしみじみと思った。

 言わせてももらえなかった想い。

 けれど、そんな扱いを受けても、加賀さんが何事もなかったように接してきても、その想いは簡単に消えてはくれなかった。






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