いちばん近くて遠い人
 忌々しい過去を思い出してトイレへ駆け込んだ。
 この繰り返しはさすがにキツイ。

 苛立ちが高まればタバコが吸いたくなって、そしてそれが引き金となって吐き気がする。
 それがまた新たな苛立ちになって……。

 悪循環に陥っているのは分かってる。
 こんな時に冷静にその訳なんて考えれる余裕がない。

 気持ち悪い口をすすいでトイレを出た。

 コーヒーでも飲んで気を紛らわそう。
 例えそれでますます胃が荒れたとしても、どうでも良かった。
 これ以上、悪くなりようがない。

 不意に視線を感じてそちらを見ると南が通りかかったようだ。
 それさえ気づけなかった。

 何かを言いたげにこちらを見ている。

「これ。」

 手に無理矢理、押し込んだのは飴?

 理解できない行動に苦笑する。

「大阪のおばちゃんか。」

 笑わせるつもりで言ったのに南は深刻そうな顔をしていた。

「聞くつもりは……無かったんですけど聞こえてしまって。」

「何を………。
 あぁ。悪い。嫌なもん聞かせて。」

 口直しの飴か。南らしいっつーか。

 さっそく飴を口に含んで口の中で転がす。
 甘いイチゴの味が口に広がって、お陰でさっきよりは気分もマシだ。

「体調また悪いんですか?」

「いや………。」

 心配そうな視線から逃れるように顔を背けた。

 女とやってないからなんて南に言えないだろ。

「でもあんな……。」

 やっぱり気分は最悪だ。
 あれこれ詮索されるのは性に合わない。

 苛立ちを抑えられずに衝動の赴くまま南を捕まえて自分の唇で口を塞いだ。
 そのまま舌を絡ませて飴を押し込んだ。

「ゲロの後に悪かったな。
 これしか女を黙らせる方法を知らないんだ。」

「ッ!」

 胸を叩かれて南は逃げるように走っていく。

 何やってんだか。
 好きだって言われたようなもんな女に……。

 髪をかきむしって事務所へ戻る。
 さっきの今で、事務所に戻れば南がいるのかと思うと少しだけ気が重かった。











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