いちばん近くて遠い人
 待ち合わせの場所について姿勢を正した。
 南は何も言わずについてきてくれている。
 その南も俺に倣って姿勢を正した。

「いらっしゃいませ〜。」

「待ち合わせで………。」

 店内を見渡して愕然とする。
 しかしそれを表情に出さないようにそのテーブルについた。

「へぇ。誰が来るかと思ったら……。
 まだその時計してたんだ。」

 袖から覗いていた時計を目ざとく見つけて指摘された。

 時計……ね。
 タイミングのよろしいことで。

 心の中で悪態をついて、こちらからは何も発しない。

 大塚恭子。
 まさかこんな形で会うとは思わなかった。

 そんなことないか。
 偶然であり必然なのかもしれない。

 恭子は慣れた手つきでタバコを取り出し火を点けた。
 覚えのあるニオイが鼻をつく。

「ねぇあの頃みたいにタバコの火、点けてあげよっか?」

 普段のあどけない表情からは想像できない妖艶さを身に纏い微笑む恭子に反吐が出そうだ。

「お客様。
 加賀はまだ仕事中ですのでご配慮をお願いします。」

「やだ。勤務中ってタバコまでダメなの?」

 クスクス笑う恭子に南は引かない。

「ここは喫煙席ですが、すぐお隣でお子さんがお食事中です。
 お願いします。ご配慮を。」

 完全にわかれているわけではない、名ばかりの喫煙席と禁煙席。
 俺たちの席から奥側が喫煙席で、俺たちの隣の席からが禁煙席のようだった。

 ちょうどすぐ隣の親子は席を立ったところだ。
 落とした声は俺たち以外には聞こえてないだろう。

 南は恭子に対してお客様としてきちんと接している。

「何よ。馬鹿にして。」

「馬鹿になどしていません。」

 南は僅かに肩を揺らした。

 テーブルの見えないところで南の指に俺が指を絡めたせいだ。

 何か文句を言っている恭子の言葉がそよ風のように感じる。
 それに息がすうっと吸えるようになった気がした。

 南がいてくれて良かった。

「もう!帰る!!!」

 恭子が立ち上がって南は慌てて恭子を止めようとした。
 それを制止すると力なく椅子へ体を落とした。






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