いちばん近くて遠い人
 恭子は振り返ることもなく店を出て行った。
 その背中が見えなくなってから、俺は南に何の仕事だったのかを説明した。

「大丈夫だ。
 綾部様からよく愛人の評価を頼まれる。」

「愛………人。」

「そ、だから綾部様にありのままを伝えるのみさ。」

 俺への態度に、周りへの態度。
 知り合いだったことは伝えなくても十分過ぎる。

 南も俺が何を伝えるのか気づいたようで不安げに言った。

「そしたら言いがかりをつけられるのでは。」

「そんなタマじゃない。
 恭子にだって何人もの金ヅルがいるさ。」

 そういう奴だ。

 再びテーブルの下で南の指に自分のそれを絡めた。
 南が俺を伺うようにこちらを見た。

 南からは何も聞いてこない。
 南はそういう奴だ。

 そのお陰でどれだけ救われているか。
 あの女の話は……出来ればまだしたくなかった。



 加賀さんが『恭子』と呼んだその人は可愛らしい雰囲気の中に妖艶さを纏った人だった。

 タバコを目の前で吸われて私の方が慌てて、逆に加賀さんに助けられてしまった。

 彼女はきっと加賀さんのつらい過去に関わった人………。

 それなのに加賀さんは大丈夫だと気丈に振る舞っている。
 そして気後れするように言った。

「ただ……今日は一緒にいてくれないか。
 いてくれるだけでいい。」

 気弱に言う加賀さんに胸が締め付けられるようだった。

「それはだってマンションに行くって。」

「こんなの目の当たりにしても……来るのか?」

「今まで散々見てきましたからね。」

 わざと嫌味たっぷりに言ったのに加賀さんは笑う。

「あぁ。そうだな。悪かった。」

 取り急ぎ綾部様にはご報告しておこう。と、加賀さんは席を立った。

 恭子さんの話からも、きっと過去にタバコを吸っていた加賀さん。

 何かあの人と辛い過去があったんだと思うと胸の奥が鈍く痛んだ。









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