いちばん近くて遠い人
 何も喋らない加賀さんがホテルに入るとすぐに私に近づいた。

 そしてブラウスの襟辺りをつかんだのも束の間、すごい音を立たせて引き裂かれた。
 ボタンは床に飛び散り、下着が露わになる。

 表情ひとつ変えないで見たこともない男の顔をする加賀さんが迫ってきて震えが止まらなくなった。

 肩に手を掛けた加賀さんが顔を………そのまま、こうべを垂れた加賀さんが言った。

「やめよう。
 悪い。俺が悪かったから。」

 しばらくの沈黙の後、加賀さんが言葉をこぼした。

「南には俺の黒い部分を見せたくなかった。
 ……………帰ってくれないか。」

「今さらです。」

 強がって言った言葉は加賀さんの心には届かない。

「帰れって言ってるだろ?」

 言葉を強めた加賀さんが肩から手を離した。

「南が帰らないなら俺が帰る。
 決めてくれ。」

 加賀さんはため息と共にベッドに腰を下ろして顔を俯かせた。

 その加賀さんに歩み寄る。
 体を屈めて顔を覗き込んだ。
 そして今度はゆっくりと優しく唇を重ねた。

「南……。」







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