鵲(かささぎ)の橋を渡って
七夕の小児科医局で

医局秘書・七瀬美月

「笹、うまく飾れてよかったね」

「そうだね。院内も明るくなった。みんなも喜んでいるかな」

夕方の小児科医局に帰ってきたドクターたちが、よもやま話をしながら、院内のカフェでテイクアウトしたブラックコーヒーの紙コップを飲み干す。

医局に広がるコーヒーの香りは、医局秘書の単調な仕事で眠気を催していた七瀬美月(ななせ・みつき)の睡魔を退散させてくれた。美月はあくびをかみ殺して、ちらっとドクターたちの白衣を見て、そこに「彼」がいないことを確認してから、最後のタイピング残業に入った。

美月は、大学病院事務として働いていた既婚女性だ。夫は眼科医で開業医だが、彼女はいろいろな事情から夫のクリニックでは働かない。小さな子どもを抱えて、保育園に送り迎えしながら、フルタイムで働くごく普通の医療事務。

夫と結婚したときには、玉の輿だの専業主婦でも生涯安泰だの、学生時代の同輩たちからは羨望のこもった目で見つめられた。だが、美月は結婚式も挙げていない。ただ籍だけを入れて、すぐに子どもを産んだのだ。

ーー彼女は身ごもっていた。それも……。


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