鵲(かささぎ)の橋を渡って

美月の過去

美月は、医学生だった。その時の2年後輩が伊織だった。二人とも小児科志望で、院内学級でのボランティアに従事するうちに、少しずつひかれあった。その年の七夕に、児童たちの笹を飾り終えた夜、和菓子好きの美月に伊織が慰労でプレゼントしてくれたのが、この和菓子で、銘を「鵲(かささぎ)」といった。

だが彼らの淡い恋は実らなかった。横恋慕した先輩が、その夜の帰りに美月を待ち伏せして無理矢理ものにしたからだ。そして彼女は望まない妊娠をした。

美月は退学した。そして自分を襲った先輩と結婚し、子どもも産んだのだ。望まない妊娠としても、生まれる子どもに罪はない。産婦人科や小児科で学んだ美月の苦渋の決断だった。そして、夫となった先輩が、伊織をライバル視して、いつか殺すと息巻いた。彼は、冷たい医者でDV気質、気に入らないことがあると美月と子どもを虐待した。それでも、自分が我慢すれば夫を抑えられ、伊織に危害は加えられないだろう。美月はそう信じて耐えた。心に傷を負った彼女は、医療事務の資格をとってフルタイムで働き始めた。少しでも医療に携わっていたかった。かつての叶えられなかった小児科医になるという夢を、手放すことができない自分を嗤った。

ひょんなことから、彼女は大学病院事務の職を得た。そして、思ってもいなかった小児科医局への異動、伊織との再会……。

美月は、幸せを感じる自分を責め、一切伊織とは親しくしなかった。自分を律するために。なにより、将来のある伊織のために……。
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