半人前霊能者シリーズエピソードZERO 幽霊様のお導き
***
その夜、他の心霊の仕事を早々と片付けた。三神さんからのヘルプの念をキャッチできるように、リビングにてリラックスしながら物思いにふける。
「付き合ってくださいと、いきなり言われてもねぇ……」
霊以外、他の女の影がまったく見当たらない変わったイケメン。あれだけ人が良さそうなら、彼女の一人くらいてもいいのにって思う。
過去の彼女が自分以外の女ができないように呪いをかけたという形跡もないし、現在彼女がいないのは私と同じく、仕事が忙しいせいなのかな? どこかズレてる感じのする人だけど、お試しで付き合ってみるのも面白いかもしれない。
テーブルに頬杖をついて笑ってしまった瞬間、頭の中に大きな声が響いた。
『衣笠先生っ、助けて下さい! 好きなんです!!』
三神さんの心の声に、思わず赤面してしまう。まったく――!
「助けてっていう念以外、飛ばさないでほしいよ。集中力が欠けちゃうじゃないのさ」
両頬をぱしぱし叩いて気合を入れ直しつつ数珠をぎゅっと握りしめて、三神さんのお宅に自分の意識を飛ばした。
邪念を飛ばしたせいで間違いなく彼は今、大変な目に遭っているに違いない。
苦笑いしながらマンションに到着、玄関の扉をすり抜けて寝室まで一直線に進むと、三神さんの首を絞める女の幽霊が恨めしそうな顔でこっちを見た。
(お前は誰だ? 何をしに来た?)
三神さんに跨りながら私を睨みあげ、低い声で唸るように告げた。
「悪いけど、その首を絞めてる手を離してくれないかな。彼、苦しそうにしてるじゃない。可哀想でしょ」
「うっ……衣笠、せんせ……」
三神さんの体から、半透明の魂が抜け出そうとしていた。眉根を寄せながら苦しそうな表情を浮かべて、私を見つめる彼と目が合う。
(――このままではマズい。早く体に返してあげないと)
毎夜襲われていると言っていたから、かなり生気を吸い取られていたのかもしれないな。見た目がすっごく元気そうにしていたから、見誤ってしまった。
「さっさと彼からお退きなさい! あっちに行って」
数珠をかけてる左手で女の幽霊をなぎ払うように、三神さんの体から追い払ってやった。
「三神さん、自分の体に早く戻って。そのままでいたら駄目よ」
「衣笠先生……来てくれたんですね。よかった」
嬉しそうな顔をして、いきなり抱きついてくる。
(ちょっ、今は魂の姿なんだってっば! しかも体から出てきちゃダメなのに、この人は――!)
「はいはい落ち着いてくださいね、嬉しいのは十分伝わりましたから。とにかく今は寝てください。明日きちんとお返事しますので」
なだめるように背中を叩いてやり、何とか魂を体の中へと押し戻す。
「はい。楽しみに待ってますね、衣笠先生」
「いい夢を……」
笑みを浮かべ寝入ってくれた顔を確認してから、改めて女の幽霊と対峙した。
「動きたくても動けないでしょ。悪さをした罰で、キツめに金縛りをかけたからね」
(お前……彼のなんなの?)
「今はただの依頼人よ。アナタが毎夜の如く三神さんを襲うものだから、助けを求められたの。それにしても、どうしてこの部屋で自殺なんてことをしたの?」
半裸で横たわってる姿は、どう見たって色情狂にしか見えない。だけど本来の姿は、きっと違ってるはずなんだ――。
「お前になんかには分からないよ。醜く生まれたせいで好きな人からも相手にされず、一生懸命お金を貯めて整形して綺麗になっても、冷たくあしらわれる気持ちなんて」
「美人は3日で飽きるって言われたね、確か。可愛さのカケラもないとも言われたな」
腕を組んで見下ろしながら言ってやると、ぽかんとした顔で私の話を聞く。
「隣の芝生は、青く見えるっていうことよ。アナタだけじゃなくみんな、大なり小なり苦労して頑張って生きてるんだからね。生きていたら、ステキな出会いがあったかもしれないじゃない」
(そんな、こと……)
迷える姿に右手をかざして、本当の彼女の姿を映し出してあげた。
「――水玉のワンピース。アナタのお気に入りでしょ?」
ボロボロだった彼女を、一番欲しがっているイメージの姿に変えてあげる。きっと、整形前の素の自分の姿だろうな。
(これ……大好きな彼が似合うねっていってくれたものなの。嬉しい……)
「分かるよ。私から見ても、素敵だなって思ったもの」
膝をついて顔を突き合わせると、困った表情を浮かべた。
(あの私、自殺したから地獄に行かなきゃならないの?)
彼女の言葉に、ふるふると首を横に振った。
「本当はこの世で生きながら、いろんな苦労や困難を乗り越える修行し終えて、最期を迎えなきゃならないんだけど、アナタの場合は、それを途中で放棄したことになるんだよね」
痩せ細った腕を手に取り、両手で握りしめてあげた。
「残した修行をあの世でするなら、道を作ってあげられるけど」
乾いた声で告げてしまったため何かを察したのか、長い睫を伏せて考え込ませてしまった。
(その修行っていうのは、やっぱり辛いことなんでしょ?)
「……そうね。だけどアナタはこの世で生きていて、辛いことばかりじゃなかったんじゃない? 楽しいことだってあったでしょ。思い出してみて」
握りしめた手から思念を読み取り、心の奥底に仕舞われている楽しい思い出を引きずり出す。
――感じてちょうだい。生きていて良かったって思ったことを――
心にじわりと伝わってくる。笑顔で嬉しそうに微笑む彼女の顔。
ご両親に何かを褒められている姿や、友達と一緒に買物をしているところ、好きな人を見かけてドキドキしている場面。辛いことはあったかもしれないけれど、同じくらい楽しいことだって、こんなにたくさんあるじゃないの。
(うっ……私、は……)
瞳から溢れ出る涙を拭ってやり、その体を優しく抱きしめてあげた。魂同士だからできる、気持ちのこもった接触なんだ。
だからこそ伝わってくる。後悔してもしきれない想い。死んでしまってからでは遅いのだから。
「あの世できちんと修行して、来世では最期まで生きられるように頑張らなきゃダメよ。いいわね?」
(はい、頑張って修行します……。ごめんなさい)
泣きながら視線を、三神さんに飛ばした彼女。
「彼には私から、アナタの言葉を伝えておきますね」
(あの……それと――)
涙を拭い私の顔を見上げながら、最期の希望を告げてくれた。しっかりとそれを聞き取って了承し、あの世に逝く道を作ってあげる。部屋の中に立ち込める白い霧がその証拠だった。
(ありがとうございました。これで安心して逝けます)
「いってらっしゃい。修行にへこたれそうになったら楽しかったことを思い出して、きちんと頑張るんだよ」
右手を左右に振りニッコリと微笑むと、丁寧にお辞儀をしてからあの世に向かって、ゆっくりと歩いて行った。
「お気をつけて……」
小さくなっていく背中に言葉をかけた瞬間、白い霧と共にあの世に続く道が消える。室内が一気に暗闇に包まれた。
「今日のミッションは無事に終了。お疲れ様でした」
ポツリと呟き、意識を自分の家に飛ばす。
自分の体に吸い込まれるように思念を合わせて、ゆっくりと立ち上がった。
「さてと……。実家に電話して、お見合いの話を断ってもらわなきゃね」
今夜はもう遅いので明日の朝にでもかけようと、この日はそのまま床についた。
三神さんは今頃、どんな夢を見ているだろう。
「久しぶりの安眠だから、夢なんか見ていないかもね」
ちょっとだけ笑ってから、ゆっくりと目を閉じた。幸せそうに安堵して眠る、彼の姿を想像しながら――。
その夜、他の心霊の仕事を早々と片付けた。三神さんからのヘルプの念をキャッチできるように、リビングにてリラックスしながら物思いにふける。
「付き合ってくださいと、いきなり言われてもねぇ……」
霊以外、他の女の影がまったく見当たらない変わったイケメン。あれだけ人が良さそうなら、彼女の一人くらいてもいいのにって思う。
過去の彼女が自分以外の女ができないように呪いをかけたという形跡もないし、現在彼女がいないのは私と同じく、仕事が忙しいせいなのかな? どこかズレてる感じのする人だけど、お試しで付き合ってみるのも面白いかもしれない。
テーブルに頬杖をついて笑ってしまった瞬間、頭の中に大きな声が響いた。
『衣笠先生っ、助けて下さい! 好きなんです!!』
三神さんの心の声に、思わず赤面してしまう。まったく――!
「助けてっていう念以外、飛ばさないでほしいよ。集中力が欠けちゃうじゃないのさ」
両頬をぱしぱし叩いて気合を入れ直しつつ数珠をぎゅっと握りしめて、三神さんのお宅に自分の意識を飛ばした。
邪念を飛ばしたせいで間違いなく彼は今、大変な目に遭っているに違いない。
苦笑いしながらマンションに到着、玄関の扉をすり抜けて寝室まで一直線に進むと、三神さんの首を絞める女の幽霊が恨めしそうな顔でこっちを見た。
(お前は誰だ? 何をしに来た?)
三神さんに跨りながら私を睨みあげ、低い声で唸るように告げた。
「悪いけど、その首を絞めてる手を離してくれないかな。彼、苦しそうにしてるじゃない。可哀想でしょ」
「うっ……衣笠、せんせ……」
三神さんの体から、半透明の魂が抜け出そうとしていた。眉根を寄せながら苦しそうな表情を浮かべて、私を見つめる彼と目が合う。
(――このままではマズい。早く体に返してあげないと)
毎夜襲われていると言っていたから、かなり生気を吸い取られていたのかもしれないな。見た目がすっごく元気そうにしていたから、見誤ってしまった。
「さっさと彼からお退きなさい! あっちに行って」
数珠をかけてる左手で女の幽霊をなぎ払うように、三神さんの体から追い払ってやった。
「三神さん、自分の体に早く戻って。そのままでいたら駄目よ」
「衣笠先生……来てくれたんですね。よかった」
嬉しそうな顔をして、いきなり抱きついてくる。
(ちょっ、今は魂の姿なんだってっば! しかも体から出てきちゃダメなのに、この人は――!)
「はいはい落ち着いてくださいね、嬉しいのは十分伝わりましたから。とにかく今は寝てください。明日きちんとお返事しますので」
なだめるように背中を叩いてやり、何とか魂を体の中へと押し戻す。
「はい。楽しみに待ってますね、衣笠先生」
「いい夢を……」
笑みを浮かべ寝入ってくれた顔を確認してから、改めて女の幽霊と対峙した。
「動きたくても動けないでしょ。悪さをした罰で、キツめに金縛りをかけたからね」
(お前……彼のなんなの?)
「今はただの依頼人よ。アナタが毎夜の如く三神さんを襲うものだから、助けを求められたの。それにしても、どうしてこの部屋で自殺なんてことをしたの?」
半裸で横たわってる姿は、どう見たって色情狂にしか見えない。だけど本来の姿は、きっと違ってるはずなんだ――。
「お前になんかには分からないよ。醜く生まれたせいで好きな人からも相手にされず、一生懸命お金を貯めて整形して綺麗になっても、冷たくあしらわれる気持ちなんて」
「美人は3日で飽きるって言われたね、確か。可愛さのカケラもないとも言われたな」
腕を組んで見下ろしながら言ってやると、ぽかんとした顔で私の話を聞く。
「隣の芝生は、青く見えるっていうことよ。アナタだけじゃなくみんな、大なり小なり苦労して頑張って生きてるんだからね。生きていたら、ステキな出会いがあったかもしれないじゃない」
(そんな、こと……)
迷える姿に右手をかざして、本当の彼女の姿を映し出してあげた。
「――水玉のワンピース。アナタのお気に入りでしょ?」
ボロボロだった彼女を、一番欲しがっているイメージの姿に変えてあげる。きっと、整形前の素の自分の姿だろうな。
(これ……大好きな彼が似合うねっていってくれたものなの。嬉しい……)
「分かるよ。私から見ても、素敵だなって思ったもの」
膝をついて顔を突き合わせると、困った表情を浮かべた。
(あの私、自殺したから地獄に行かなきゃならないの?)
彼女の言葉に、ふるふると首を横に振った。
「本当はこの世で生きながら、いろんな苦労や困難を乗り越える修行し終えて、最期を迎えなきゃならないんだけど、アナタの場合は、それを途中で放棄したことになるんだよね」
痩せ細った腕を手に取り、両手で握りしめてあげた。
「残した修行をあの世でするなら、道を作ってあげられるけど」
乾いた声で告げてしまったため何かを察したのか、長い睫を伏せて考え込ませてしまった。
(その修行っていうのは、やっぱり辛いことなんでしょ?)
「……そうね。だけどアナタはこの世で生きていて、辛いことばかりじゃなかったんじゃない? 楽しいことだってあったでしょ。思い出してみて」
握りしめた手から思念を読み取り、心の奥底に仕舞われている楽しい思い出を引きずり出す。
――感じてちょうだい。生きていて良かったって思ったことを――
心にじわりと伝わってくる。笑顔で嬉しそうに微笑む彼女の顔。
ご両親に何かを褒められている姿や、友達と一緒に買物をしているところ、好きな人を見かけてドキドキしている場面。辛いことはあったかもしれないけれど、同じくらい楽しいことだって、こんなにたくさんあるじゃないの。
(うっ……私、は……)
瞳から溢れ出る涙を拭ってやり、その体を優しく抱きしめてあげた。魂同士だからできる、気持ちのこもった接触なんだ。
だからこそ伝わってくる。後悔してもしきれない想い。死んでしまってからでは遅いのだから。
「あの世できちんと修行して、来世では最期まで生きられるように頑張らなきゃダメよ。いいわね?」
(はい、頑張って修行します……。ごめんなさい)
泣きながら視線を、三神さんに飛ばした彼女。
「彼には私から、アナタの言葉を伝えておきますね」
(あの……それと――)
涙を拭い私の顔を見上げながら、最期の希望を告げてくれた。しっかりとそれを聞き取って了承し、あの世に逝く道を作ってあげる。部屋の中に立ち込める白い霧がその証拠だった。
(ありがとうございました。これで安心して逝けます)
「いってらっしゃい。修行にへこたれそうになったら楽しかったことを思い出して、きちんと頑張るんだよ」
右手を左右に振りニッコリと微笑むと、丁寧にお辞儀をしてからあの世に向かって、ゆっくりと歩いて行った。
「お気をつけて……」
小さくなっていく背中に言葉をかけた瞬間、白い霧と共にあの世に続く道が消える。室内が一気に暗闇に包まれた。
「今日のミッションは無事に終了。お疲れ様でした」
ポツリと呟き、意識を自分の家に飛ばす。
自分の体に吸い込まれるように思念を合わせて、ゆっくりと立ち上がった。
「さてと……。実家に電話して、お見合いの話を断ってもらわなきゃね」
今夜はもう遅いので明日の朝にでもかけようと、この日はそのまま床についた。
三神さんは今頃、どんな夢を見ているだろう。
「久しぶりの安眠だから、夢なんか見ていないかもね」
ちょっとだけ笑ってから、ゆっくりと目を閉じた。幸せそうに安堵して眠る、彼の姿を想像しながら――。