半人前霊能者シリーズ① 忘れられたメロディ
***
無言で自宅の扉を開けると、居間から母親が血相を変えてすっ飛んで来た。
「お邪魔します」
そんな母親を見て、香織さんは丁寧に頭を下げたのだが――。
「優斗、お前……失敗したのかい?」
おっかない顔して、いきなり自分が使ってる数珠を取り出した。
「お母様、優斗くんは大丈夫だと言ってます」
「お、かあさま……?」
激しく顔を引きつらせて、俺を見るその目の冷たいこと! 絶対に、よからぬことを考えているだろうな。
「お仏壇のある部屋は、こっちかしら?」
靴を脱いでキレイに揃えてから、可愛らしく歩いて仏間に恐るおそる入って行く。これまでの言動について、自分にはどうにもできないので、そのまま黙っていた。
(――仏壇の蝋燭に火をつけて、線香を……)
「分かった。その後は、ポケットに入ってるお数珠を出せばいい?」
俺の指示通りにてきぱきと動いてくれる香織さんを、母さんは背後から見守っていたようだった。
姿勢を正してきちんと正座をし、数珠をかけて両手を合わせる。
香織さんをきちんと、ここから送り出してやらなければ。ここからが俺の正念場だ。質のいい浄霊を、心を込めてしてあげよう。
やがて目の前に、いつもの真っ白い霧が立ち込める。しばらくすると浮かび上がるように、香織さんが姿を現した。
『優斗くん、私のお願いをきいてくれてありがとう。絶対に忘れないよ』
今まで見た中で、飛び切りの笑顔で微笑みかけてくれる。
「香織さん、俺……」
『ん?』
君のその笑顔を見たときから、ずっと――。
香織さんの笑顔を見た瞬間に、自分の想いに気がついてしまった。彼女の優しい心に触れて、尚更気持ちが傾いてしまって。
「俺……俺も忘れないから。香織さんが弾いてくれたメロディと一緒に、ずっと覚えておくよ。だから――」
鼻の奥がツンとする。胸の中が痛くて堪らない。
「いってらっしゃい。気をつけてね!」
泣き出してしまわないように元気よく告げると、細長い右腕を何度か振り、肩までの髪をなびかせながら背を向けて逝ってしまった。少しだけ寂しげな微笑みを、口元に湛えて――。
俺の涙が頬に伝ったのを機に、目の前の霧が一気に晴れていく。
「心のこもった浄霊、お疲れ様っ!」
センチメンタルに浸りたいというのに、場の空気を壊すような母親の声が聞こえた。
急いで涙をゴシゴシと拭ってから、への字口を作って振り返ると、母親は柱に寄りかかって腕を組みながら優しい表情を浮かべていた。
「カッコよかったよ。泣かなきゃもっと、カッコよかったんだけど」
「うっせーな。放っておいてほしいのに」
「半人前の息子がちょっとだけ成長したんだ、褒めてやりたいじゃないのさ。今夜は、お赤飯炊かないとね」
それはそれは嬉しそうに言ってくれたのだが、何かハズカシイ……。
「今度好きになるコは、どうか三次元にしておくれよ。幽霊連れて来て彼女だなんて言ったら、私は迷うことなく除霊しちゃうから」
なぁんて言った台詞が現実化するなんて、やっぱり母親の能力は侮れないのかもしれない。だって幽霊の女のコって、ピュアなコが多いんだ。しかも可愛いんだ!
「何をやってんだい、お前は。それじゃあいつまで経っても、半人前のままだわ」
呆れ返る母親を尻目に、今日も心のこもった浄霊をする。半人前が一人前になるように――。
【了】
無言で自宅の扉を開けると、居間から母親が血相を変えてすっ飛んで来た。
「お邪魔します」
そんな母親を見て、香織さんは丁寧に頭を下げたのだが――。
「優斗、お前……失敗したのかい?」
おっかない顔して、いきなり自分が使ってる数珠を取り出した。
「お母様、優斗くんは大丈夫だと言ってます」
「お、かあさま……?」
激しく顔を引きつらせて、俺を見るその目の冷たいこと! 絶対に、よからぬことを考えているだろうな。
「お仏壇のある部屋は、こっちかしら?」
靴を脱いでキレイに揃えてから、可愛らしく歩いて仏間に恐るおそる入って行く。これまでの言動について、自分にはどうにもできないので、そのまま黙っていた。
(――仏壇の蝋燭に火をつけて、線香を……)
「分かった。その後は、ポケットに入ってるお数珠を出せばいい?」
俺の指示通りにてきぱきと動いてくれる香織さんを、母さんは背後から見守っていたようだった。
姿勢を正してきちんと正座をし、数珠をかけて両手を合わせる。
香織さんをきちんと、ここから送り出してやらなければ。ここからが俺の正念場だ。質のいい浄霊を、心を込めてしてあげよう。
やがて目の前に、いつもの真っ白い霧が立ち込める。しばらくすると浮かび上がるように、香織さんが姿を現した。
『優斗くん、私のお願いをきいてくれてありがとう。絶対に忘れないよ』
今まで見た中で、飛び切りの笑顔で微笑みかけてくれる。
「香織さん、俺……」
『ん?』
君のその笑顔を見たときから、ずっと――。
香織さんの笑顔を見た瞬間に、自分の想いに気がついてしまった。彼女の優しい心に触れて、尚更気持ちが傾いてしまって。
「俺……俺も忘れないから。香織さんが弾いてくれたメロディと一緒に、ずっと覚えておくよ。だから――」
鼻の奥がツンとする。胸の中が痛くて堪らない。
「いってらっしゃい。気をつけてね!」
泣き出してしまわないように元気よく告げると、細長い右腕を何度か振り、肩までの髪をなびかせながら背を向けて逝ってしまった。少しだけ寂しげな微笑みを、口元に湛えて――。
俺の涙が頬に伝ったのを機に、目の前の霧が一気に晴れていく。
「心のこもった浄霊、お疲れ様っ!」
センチメンタルに浸りたいというのに、場の空気を壊すような母親の声が聞こえた。
急いで涙をゴシゴシと拭ってから、への字口を作って振り返ると、母親は柱に寄りかかって腕を組みながら優しい表情を浮かべていた。
「カッコよかったよ。泣かなきゃもっと、カッコよかったんだけど」
「うっせーな。放っておいてほしいのに」
「半人前の息子がちょっとだけ成長したんだ、褒めてやりたいじゃないのさ。今夜は、お赤飯炊かないとね」
それはそれは嬉しそうに言ってくれたのだが、何かハズカシイ……。
「今度好きになるコは、どうか三次元にしておくれよ。幽霊連れて来て彼女だなんて言ったら、私は迷うことなく除霊しちゃうから」
なぁんて言った台詞が現実化するなんて、やっぱり母親の能力は侮れないのかもしれない。だって幽霊の女のコって、ピュアなコが多いんだ。しかも可愛いんだ!
「何をやってんだい、お前は。それじゃあいつまで経っても、半人前のままだわ」
呆れ返る母親を尻目に、今日も心のこもった浄霊をする。半人前が一人前になるように――。
【了】