半人前霊能者シリーズ① 忘れられたメロディ
***

 玄関のすぐ傍にある、母親の仕事部屋という名の仏壇間。
 
 霊媒師という仕事中に、悪霊に取り憑かれた父親を助けた母親。それがきっかけとなり何故か好きになってしまって、結婚することになったという奇跡的な出会いから、俺が生まれたのだが――

 母親の霊媒体質がうつるなんて、思いもよらなかった。

 うんざり気味の俺に仏壇の引き出しから手鏡を取り出し、見てご覧と手渡される。

「うわっ、何だよこの目の色は!?」

 血のような赤い色をした自分の黒目。明らかに異常だ。

「こんな目をして学校に行ったら、間違いなくツッコミ入れられる。どうしよう……」

「これをかければ、大丈夫だから」

 またしても同じ引き出しから、茶色縁のメガネを手渡された。

(これをかければ大丈夫って、赤目を誤魔化せるのだろうか)

 すちゃっと装着し、恐るおそる鏡を見てみるとあら不思議。

「いつもの俺の目になってる……。何かよく分からないけど、すげぇな」

 しかもこのメガネで母親を見たら、背中に乗ってる血まみれ幽霊の姿も視えなかった。

「気がついてるだろうけど、そのメガネのレンズが上手いことフィルターになってるんだ。お前の持つ力を抑え込んでくれるというワケ。私が毎日、願掛けして作り出した物だからね」

 毎日願掛けしてって――。

「それって俺がこういう風になるのを、予測していたってことなのかよ!?」

「そうさ。ご先祖様の血をしっかり受け継いでいる以上は逃れられない運命なんだから、いた仕方あるまい」

 俺に背を向けて仏壇に対峙すると蝋燭に火を点し、数珠をつけて手を合わせた母親。

「メガネを外して、ちょっと見ていなさい」

 また血まみれ幽霊を見なきゃならないと思ったら気は重かったが、命令されたからには逆らえない。渋々外して母親を見た。

 血まみれ幽霊と母親は向かい合って、無言で見つめ合っている状態だったのだが――。

「すっげ……。まともな人型幽霊になってる」

 さっきまでの悲惨な姿だったのに、そこら辺にいる普通の人になっていた。その人型幽霊のオデコ部分に手を当てて、目をつぶる母親。

 しばらくしてその手を外したら、手のひらから何か光り輝く丸い物体がふわりと浮かんできた。丸い物体は回転しながら形を変えていき、やがて真っ赤なヒールになる。

「お探し物はこれだったんですね。これを履いたら安心して、あの世へ逝けますよ」

 どうぞと手渡すと喜んでそれを履いて、カツカツと音を鳴らした。

 とても嬉しそうな表情を浮かべている幽霊を見やり、今度は仏壇に向かって手を合わせると、いきなり目の前が真っ白い霧に包まれる。

 目を凝らしてよぉく見ると、霧の中央に光り輝く真っ直ぐな線が現れた。

「いってらっしゃい。お気をつけて」

 母親が言うと幽霊はぺこりとお辞儀をし、その線の上を滑るようにゆっくりと歩いて行く。次の瞬間、霧がその姿を消すように濃くなって辺り一面真っ白になったと思ったら、いつもの仏間に戻っていた。

「これが私のやってる浄化の仕方だよ。これからお前もやるんだからね」

「はい?」

(――浄化って何? 除霊と何が違うんだよ?)

 ぽかんとした俺の顔を見て、どこか呆れたようにはーっと深いため息をつくと、真剣な表情を浮かべて話し出した。

「お父さんのご先祖様にあたる、三神の方じゃないよ。私のご先祖様になる衣笠(きぬがさ)の方なんだけど。大昔にあくどいことをして繁栄した一族なのさ」

「あくどいことって、詐欺とか人を騙して儲けたり?」

「いいや……。強盗に窃盗、暗殺の依頼があれば平気で殺しを請け負ったり、そういう裏家業を生業としていたのさ。人の不幸の上で生活をしていたツケが、その内に回ってきてね」

 何故か俺に向かって数珠を合わせて、南無南無と拝みだす母親。
< 2 / 12 >

この作品をシェア

pagetop