半人前霊能者シリーズ① 忘れられたメロディ
心霊ファイル:修行の刻
(――ああ、気が重い……)
いつもと変わらない通学路。いつもの朝と変わらないはずなのに、見えない何かの視線がちくちくと体にまとわりつく嫌な感じがした。
ひしひしと感じるそれに、不安が募るのは当然なんだ。
それは昔っからビックリすることを、苦手としているせい。嬉しいサプライズだろうがお化け屋敷のドッキリだろうが、どれも心臓に悪いものにしかならない。
「どうしてみんながあんなに平気でいられるのか、ワケ分かんねぇもんな」
心臓を鷲掴みされた独特のあの感じは、まったく慣れることができない。ヒイィッと悲鳴をあげてしまう、ビビりの自分の情けなさときたら――。
左手で持ってるカバンをぎゅっと握りしめつつ、内側の胸ポケットに入れてる数珠に右手で触れてみた。
「大丈夫、大丈夫……。これが護ってくれるから。メガネを外さなきゃ、変なモノだって視えないんだし」
まるで念仏を唱えるように自分に言い聞かせて学校に無事到着し、上靴に履き替えていたときだった。
「おっはよー、優斗。あれ? いきなりメガネなんてかけて、お前ってばそんなに視力が悪かったっけ?」
「ヒィッ!?」
クラスメートが背後からぽんと肩を叩いてきただけなのに、変な声をあげてしまった。いつもなら何でもない行為が、今日に限ってはえらく敏感になってしまう。
「おいおい、朝から変だぞお前。大丈夫か?」
「お、おはよ。ぼんやりしてただけだから、ははは……。最近黒板の字が見えにくくなっていたから、メガネをかけたんだよね」
後頭部をばりばり掻きながら、必死にいいワケをした。
「そうそう1限目の現国の宿題さ、すっげぇ面倒くさくなかった?」
「だな。机に縛り付ける気、満々な宿題で――っ!」
言いながら足を前に出そうとしたのに、なぜだか左足が動かない。
「ん? どした?」
「悪い、先に行っててくれ。足がつって動けない」
正確には左足首が何かに、ぎゅっと掴まれている状態だった。
「大丈夫かぁ、朝から災難だな」
「そうなんだよ、夜中もつっちゃってさ。困っちまう……」
お大事にと言いながら去って行くクラスメートの背中を見やり、はーっと深いため息をついた。
そして他の生徒が玄関にいるのを確認しながら、赤い目を見られないようにちょっとだけかけていたメガネを上にズラして、足首を掴んでいるヤツを視た。
今の心境はオバケに逢うために、わざわざオバケ屋敷に入るようなハラハラした感じである。そこにいるのが分かっているのに、誰が好き好んで視なきゃならないんだか。
(どうか、血まみれ幽霊でありませんように――)
一旦目を閉じて呼吸を整えてから目を開くと、そこにいたのは顔じゅうシワだらけのおじいさんだった。幽霊としては、まだ程度がいいと言える。
「ん~? どことなく用務員風に見えるのは、着ている服が作業着だからかな」
首を傾げて考えても、こんな場所では話を聞くこともできない。
「えっと、おはようございます」
幽霊に朝の挨拶して、どうするんだ俺。だけどどうやって話しかけたらしたらいいか、全然分からない。
「ここじゃあ落ち着いて話を聞くことができないので、別の場所に移動したいのですが、いいですか?」
(…………)
言葉が通じないんだろうかと思った瞬間、背中にずっしりと重みを感じた。まるまる大人一人を背負った重さだ。
「なっ!? ええっ!?」
そのままよろよろと壁伝いに歩きながら、階段下の奥まったところに向かった。
今朝の母さんは俺に憑いてた血まみれ幽霊を軽々と背中に乗せていたのに、何で俺はこんな風に情けない姿になるんだろ。
メガネを安心して外し、おじいさんと向かい合わせになる。
霊とのコンタクトの仕方――母さんが血まみれ幽霊で実際に見せてくれたことの他に、朝ご飯を食べながら口頭でレクチャーを受けた。
今まさにこのおじいさんに対して、それをしなきゃならない。
緊張を落ち着かせるべく深呼吸をしてから、おじいさんの額にそっと手をかざして視る。心の奥底に潜んでいる思念を調べるために。
その想いを読み取って、形を作ってあげなければならない。自分の頭の中に描くんじゃなく、心の中で感じてそれをイメージする。
「……屋上……手すり?」
何故かイメージできたものは、屋上にある落下防止用の手すりだった。
(――これを作れというのか!?)
眉根を寄せた俺を見て、おじいさんは首を横に振った。
「作るんじゃない。だとしたら何なんだよ?」
とにかくここは一度実際に現場へ向かってみようと、おじいさんを渋々背負って階段を3階まで上る。もう苦労を自ら背負いに行ってるみたいな状況だ。
重い扉を開けて屋上に入ると朝日が目に差し込んできて、これでもかと眩しかった。
ぐるりと周りを取り囲むように設置されてる手すりの中から、おじいさんが想っている場所をここから探さなければならない。
イメージから映った景色を頼りにその場所に何とかたどり着くと、おじいさんがいきなりそこに指を差した。
それは風化して錆びついたネジが数本外れている手すりで、触るとぐらぐらしている。そのせいで、他の所もネジが外れかけていた。
「あっぶねぇな。もしかしてこれを教えるために、俺を掴まえたのか?」
てっきり他の幽霊と同じように欲しいものがあって引き止められたと思ったのに、こういう幽霊もいるんだな。
俺の問いかけに、おじいさんは満面の笑みを浮かべた。
「この手すりは直ぐに直してもらうから。わざわざ教えてくれてありがと」
胸ポケットから数珠を取り出して母さんに教えられたとおりに、あの世へ逝く道を作ってみる。
真っ白い霧が辺り一面にたち込め、俺たちを包むように白くなったと思ったら、光り輝く道がすっと天に向かって伸びていった。
(……ありがとう、坊主)
おじいさんは最期に俺に向かって言い放ち、手を振ってくれる。
「いってらっしゃい、お気をつけて……」
この世で一仕事を終えたおじいさんに向かって、心を込めて告げてみた。お帰りなさいと、この世でまた出逢えたらいいなと思いながら――。
軽い足取りで去って行く背中を見送っていると、やがて霧が晴れていった。
( ――何だろう、この充実感は。もしかして俺ってば、天才霊能者なのかもしれない!)
はじめての浄化作業を難なくこなせるって、すごいことじゃないのか。もうそこら辺にいる浮幽霊をとっ捕まえてどんどん浄化させて、自分の周りをクリーンにしちゃおうじゃないか。
そんな勢いも手伝って時間を見つけて校内にいる幽霊を、次々と説得してみたのだが――。
いつもと変わらない通学路。いつもの朝と変わらないはずなのに、見えない何かの視線がちくちくと体にまとわりつく嫌な感じがした。
ひしひしと感じるそれに、不安が募るのは当然なんだ。
それは昔っからビックリすることを、苦手としているせい。嬉しいサプライズだろうがお化け屋敷のドッキリだろうが、どれも心臓に悪いものにしかならない。
「どうしてみんながあんなに平気でいられるのか、ワケ分かんねぇもんな」
心臓を鷲掴みされた独特のあの感じは、まったく慣れることができない。ヒイィッと悲鳴をあげてしまう、ビビりの自分の情けなさときたら――。
左手で持ってるカバンをぎゅっと握りしめつつ、内側の胸ポケットに入れてる数珠に右手で触れてみた。
「大丈夫、大丈夫……。これが護ってくれるから。メガネを外さなきゃ、変なモノだって視えないんだし」
まるで念仏を唱えるように自分に言い聞かせて学校に無事到着し、上靴に履き替えていたときだった。
「おっはよー、優斗。あれ? いきなりメガネなんてかけて、お前ってばそんなに視力が悪かったっけ?」
「ヒィッ!?」
クラスメートが背後からぽんと肩を叩いてきただけなのに、変な声をあげてしまった。いつもなら何でもない行為が、今日に限ってはえらく敏感になってしまう。
「おいおい、朝から変だぞお前。大丈夫か?」
「お、おはよ。ぼんやりしてただけだから、ははは……。最近黒板の字が見えにくくなっていたから、メガネをかけたんだよね」
後頭部をばりばり掻きながら、必死にいいワケをした。
「そうそう1限目の現国の宿題さ、すっげぇ面倒くさくなかった?」
「だな。机に縛り付ける気、満々な宿題で――っ!」
言いながら足を前に出そうとしたのに、なぜだか左足が動かない。
「ん? どした?」
「悪い、先に行っててくれ。足がつって動けない」
正確には左足首が何かに、ぎゅっと掴まれている状態だった。
「大丈夫かぁ、朝から災難だな」
「そうなんだよ、夜中もつっちゃってさ。困っちまう……」
お大事にと言いながら去って行くクラスメートの背中を見やり、はーっと深いため息をついた。
そして他の生徒が玄関にいるのを確認しながら、赤い目を見られないようにちょっとだけかけていたメガネを上にズラして、足首を掴んでいるヤツを視た。
今の心境はオバケに逢うために、わざわざオバケ屋敷に入るようなハラハラした感じである。そこにいるのが分かっているのに、誰が好き好んで視なきゃならないんだか。
(どうか、血まみれ幽霊でありませんように――)
一旦目を閉じて呼吸を整えてから目を開くと、そこにいたのは顔じゅうシワだらけのおじいさんだった。幽霊としては、まだ程度がいいと言える。
「ん~? どことなく用務員風に見えるのは、着ている服が作業着だからかな」
首を傾げて考えても、こんな場所では話を聞くこともできない。
「えっと、おはようございます」
幽霊に朝の挨拶して、どうするんだ俺。だけどどうやって話しかけたらしたらいいか、全然分からない。
「ここじゃあ落ち着いて話を聞くことができないので、別の場所に移動したいのですが、いいですか?」
(…………)
言葉が通じないんだろうかと思った瞬間、背中にずっしりと重みを感じた。まるまる大人一人を背負った重さだ。
「なっ!? ええっ!?」
そのままよろよろと壁伝いに歩きながら、階段下の奥まったところに向かった。
今朝の母さんは俺に憑いてた血まみれ幽霊を軽々と背中に乗せていたのに、何で俺はこんな風に情けない姿になるんだろ。
メガネを安心して外し、おじいさんと向かい合わせになる。
霊とのコンタクトの仕方――母さんが血まみれ幽霊で実際に見せてくれたことの他に、朝ご飯を食べながら口頭でレクチャーを受けた。
今まさにこのおじいさんに対して、それをしなきゃならない。
緊張を落ち着かせるべく深呼吸をしてから、おじいさんの額にそっと手をかざして視る。心の奥底に潜んでいる思念を調べるために。
その想いを読み取って、形を作ってあげなければならない。自分の頭の中に描くんじゃなく、心の中で感じてそれをイメージする。
「……屋上……手すり?」
何故かイメージできたものは、屋上にある落下防止用の手すりだった。
(――これを作れというのか!?)
眉根を寄せた俺を見て、おじいさんは首を横に振った。
「作るんじゃない。だとしたら何なんだよ?」
とにかくここは一度実際に現場へ向かってみようと、おじいさんを渋々背負って階段を3階まで上る。もう苦労を自ら背負いに行ってるみたいな状況だ。
重い扉を開けて屋上に入ると朝日が目に差し込んできて、これでもかと眩しかった。
ぐるりと周りを取り囲むように設置されてる手すりの中から、おじいさんが想っている場所をここから探さなければならない。
イメージから映った景色を頼りにその場所に何とかたどり着くと、おじいさんがいきなりそこに指を差した。
それは風化して錆びついたネジが数本外れている手すりで、触るとぐらぐらしている。そのせいで、他の所もネジが外れかけていた。
「あっぶねぇな。もしかしてこれを教えるために、俺を掴まえたのか?」
てっきり他の幽霊と同じように欲しいものがあって引き止められたと思ったのに、こういう幽霊もいるんだな。
俺の問いかけに、おじいさんは満面の笑みを浮かべた。
「この手すりは直ぐに直してもらうから。わざわざ教えてくれてありがと」
胸ポケットから数珠を取り出して母さんに教えられたとおりに、あの世へ逝く道を作ってみる。
真っ白い霧が辺り一面にたち込め、俺たちを包むように白くなったと思ったら、光り輝く道がすっと天に向かって伸びていった。
(……ありがとう、坊主)
おじいさんは最期に俺に向かって言い放ち、手を振ってくれる。
「いってらっしゃい、お気をつけて……」
この世で一仕事を終えたおじいさんに向かって、心を込めて告げてみた。お帰りなさいと、この世でまた出逢えたらいいなと思いながら――。
軽い足取りで去って行く背中を見送っていると、やがて霧が晴れていった。
( ――何だろう、この充実感は。もしかして俺ってば、天才霊能者なのかもしれない!)
はじめての浄化作業を難なくこなせるって、すごいことじゃないのか。もうそこら辺にいる浮幽霊をとっ捕まえてどんどん浄化させて、自分の周りをクリーンにしちゃおうじゃないか。
そんな勢いも手伝って時間を見つけて校内にいる幽霊を、次々と説得してみたのだが――。