半人前霊能者シリーズ① 忘れられたメロディ
***
「おっかえり~! よく無事に帰ってこれたね。アハハハハハ!! 酷いザマ!」
ヨロヨロしながらやっとのことで帰って来た俺を見て、玄関先で出迎えてくれた母親の顔が、これでもかと破顔した。
「……ただいま。頼むから笑ってないで、何とかしてくれ……。体が重い上に、吐き気のする頭痛がしまくりなんだけど」
「はいよ、そのまま仕事部屋においで」
カバンはそこら辺に投げ捨てるなり四つん這いになって、ひーひー言いながら仏壇の前に仰向けで横たわった。母親はそんな俺を見ながら苦笑し、蝋燭に火を点ける。
「自分がいかに無力なのか、これで思い知っただろう? それをちゃんと理解しないと、この仕事をはじめることができないからね」
蝋燭の火で線香をつけると、部屋に独特な香りが漂った。嗅ぎ慣れたいつもの線香の香りじゃなく、どうしてラベンダーの香りなんだろう?
「自分の力量も分らず無鉄砲に挑むから、そんな目に遭うんだ。お前は霊が視えるだけで、数多くの浄化を行うことなんてできないんだからね」
「……じゃあ、どうすればよかったんだよ?」
「優斗はまだ目覚めたばかりで、向こうさんが要求してくる想いを上手く形にはできない。こればっかりは、修行あるのみだぁね」
(――そうか、修行あるのみなんだ……)
「何て顔してんだい。そのうち力がつけば、ちょっとずつ救えるようになるから。焦らないでやっていきなさい」
母親は俺の頭をグチャグチャに撫でてから仏壇に向かい、念仏を唱え始める。すると、少しずつ体が軽くなっていった。やっぱすげぇなと、思わずにはいられない。
体が軽くなったのを機に母親の仕事ぶりを視るべく起き上がり、メガネを外してその姿をじっくりと拝ませてもらった。
泣きながらすがり付いてくる幽霊や、何か怒って喚いている幽霊などなど、バリエーション豊かな幽霊5体を相手に慌てることなく見事に捌いた。
――普段の姿は鬼婆みたいなのに、こういうときだけは菩薩様みたいな顔してる……。
「やっぱ親子なんだね。私たちは」
最後の幽霊を見送り、呟くように言った母親。告げられた言葉の意味が分からず、崩していた足をきちんと正座にするなり首を傾げた。
「今のお前の姿は、私が目覚めたときと同じなんだよ。初めて視た幽霊が初恋の人でね。事故で急に亡くなったんだけど、自分が死んだことに気がついてなくて、彷徨っていたのさ」
「へえ……」
「それをもれなくお持ち帰りしたんだ。彼を背負って歩くのは、ものすごく重かったよ。壁伝いにやっと帰ってきて、おじいちゃんの前に倒れ込んだものさ」
さっきのお前のようにねと言いながら、どこか呆れた顔して静かに笑う。
「母さんに比べて俺ってば、5体も持ち帰るのはすごいんじゃねぇの?」
何だか切ない話しすぎて、無駄にはしゃいでしまった。
「ああ、すごいすごい。そういうのをバカぢからっていうのさ」
じと目をして見つめる視線が、冷凍庫並みに冷たい。絶対にバカにしまくってる。
「その後おじいちゃんの力を借りて、きちんと浄霊して見送ったけど、辛かったねぇ本当に。思い出すだけでも涙が――」
「鬼婆の目から涙が出ても、全然綺麗じゃないし。って、痛っ!」
容赦なくぐーで殴られた頭。目から星がばちばちっと出た。
「ふざけるのもいい加減にしな。人が大事な話をしてやってるのに何だい、その態度は。よく聞きな、幽霊に対して情けは必要ないからね」
立ち上がって俺を見下ろす母親の姿は、まんま鬼婆そのもの。迫力が半端ねぇ。
「優斗、今はおっかなびっくりしながら幽霊と対峙してるだろうけど、その内に慣れてくる。慣れてきたときにその余裕が、アンタの命取りになるからね。死にたくなきゃ、ちゃんと私のいうことを聞きなさいよ」
「分かったよ、分かったから! 母さんの言うことを真面目に聞いて、修行に励みます!!」
(その足で蹴られる前に、とっとと退散……)
コソッと心の中で呟き、駆け足で自室に逃げ込んだ。メガネを机に上に置いた瞬間に、忘れ物があることに気がついてしまった。
「あ、カバン。玄関に置きっぱなしだ。あとで取りに行かなきゃ」
宿題があるので、結局は取りに行かなくてはならない。めんどくせーと思いながら、ネクタイを緩めてクローゼットを開けた。
「○×△☆♯♭●□▲★※!」
目の前にあるものを視て、思わず悲鳴らしきものを情けなくあげるしかなく。クローゼットの中にあるべき物じゃないモノが、にたぁと気持ち悪い微笑みを浮かべて、こっちを見ていた。
(……これを……褒美に、やろう……)
その言葉に、首を激しく横に振りまくった。だって、だってぇ――。
「褒美なんていりませんっ! お願いだから出て行ってくれよぉ……」
自分の首を持った血まみれの落ち武者が、貰ってくれと首を差し出してくる。しかも何で、俺のところに現れるんだ。
かくてカバンを取りに玄関に戻るよりも、母親に泣きつく方が早かったなんて、恥ずかしくて誰にも言えない。
(後日この落ち武者は、母親が用意したモノであることが判明。いつ如何なるときでも、油断するなという戒めだってさ)
「おっかえり~! よく無事に帰ってこれたね。アハハハハハ!! 酷いザマ!」
ヨロヨロしながらやっとのことで帰って来た俺を見て、玄関先で出迎えてくれた母親の顔が、これでもかと破顔した。
「……ただいま。頼むから笑ってないで、何とかしてくれ……。体が重い上に、吐き気のする頭痛がしまくりなんだけど」
「はいよ、そのまま仕事部屋においで」
カバンはそこら辺に投げ捨てるなり四つん這いになって、ひーひー言いながら仏壇の前に仰向けで横たわった。母親はそんな俺を見ながら苦笑し、蝋燭に火を点ける。
「自分がいかに無力なのか、これで思い知っただろう? それをちゃんと理解しないと、この仕事をはじめることができないからね」
蝋燭の火で線香をつけると、部屋に独特な香りが漂った。嗅ぎ慣れたいつもの線香の香りじゃなく、どうしてラベンダーの香りなんだろう?
「自分の力量も分らず無鉄砲に挑むから、そんな目に遭うんだ。お前は霊が視えるだけで、数多くの浄化を行うことなんてできないんだからね」
「……じゃあ、どうすればよかったんだよ?」
「優斗はまだ目覚めたばかりで、向こうさんが要求してくる想いを上手く形にはできない。こればっかりは、修行あるのみだぁね」
(――そうか、修行あるのみなんだ……)
「何て顔してんだい。そのうち力がつけば、ちょっとずつ救えるようになるから。焦らないでやっていきなさい」
母親は俺の頭をグチャグチャに撫でてから仏壇に向かい、念仏を唱え始める。すると、少しずつ体が軽くなっていった。やっぱすげぇなと、思わずにはいられない。
体が軽くなったのを機に母親の仕事ぶりを視るべく起き上がり、メガネを外してその姿をじっくりと拝ませてもらった。
泣きながらすがり付いてくる幽霊や、何か怒って喚いている幽霊などなど、バリエーション豊かな幽霊5体を相手に慌てることなく見事に捌いた。
――普段の姿は鬼婆みたいなのに、こういうときだけは菩薩様みたいな顔してる……。
「やっぱ親子なんだね。私たちは」
最後の幽霊を見送り、呟くように言った母親。告げられた言葉の意味が分からず、崩していた足をきちんと正座にするなり首を傾げた。
「今のお前の姿は、私が目覚めたときと同じなんだよ。初めて視た幽霊が初恋の人でね。事故で急に亡くなったんだけど、自分が死んだことに気がついてなくて、彷徨っていたのさ」
「へえ……」
「それをもれなくお持ち帰りしたんだ。彼を背負って歩くのは、ものすごく重かったよ。壁伝いにやっと帰ってきて、おじいちゃんの前に倒れ込んだものさ」
さっきのお前のようにねと言いながら、どこか呆れた顔して静かに笑う。
「母さんに比べて俺ってば、5体も持ち帰るのはすごいんじゃねぇの?」
何だか切ない話しすぎて、無駄にはしゃいでしまった。
「ああ、すごいすごい。そういうのをバカぢからっていうのさ」
じと目をして見つめる視線が、冷凍庫並みに冷たい。絶対にバカにしまくってる。
「その後おじいちゃんの力を借りて、きちんと浄霊して見送ったけど、辛かったねぇ本当に。思い出すだけでも涙が――」
「鬼婆の目から涙が出ても、全然綺麗じゃないし。って、痛っ!」
容赦なくぐーで殴られた頭。目から星がばちばちっと出た。
「ふざけるのもいい加減にしな。人が大事な話をしてやってるのに何だい、その態度は。よく聞きな、幽霊に対して情けは必要ないからね」
立ち上がって俺を見下ろす母親の姿は、まんま鬼婆そのもの。迫力が半端ねぇ。
「優斗、今はおっかなびっくりしながら幽霊と対峙してるだろうけど、その内に慣れてくる。慣れてきたときにその余裕が、アンタの命取りになるからね。死にたくなきゃ、ちゃんと私のいうことを聞きなさいよ」
「分かったよ、分かったから! 母さんの言うことを真面目に聞いて、修行に励みます!!」
(その足で蹴られる前に、とっとと退散……)
コソッと心の中で呟き、駆け足で自室に逃げ込んだ。メガネを机に上に置いた瞬間に、忘れ物があることに気がついてしまった。
「あ、カバン。玄関に置きっぱなしだ。あとで取りに行かなきゃ」
宿題があるので、結局は取りに行かなくてはならない。めんどくせーと思いながら、ネクタイを緩めてクローゼットを開けた。
「○×△☆♯♭●□▲★※!」
目の前にあるものを視て、思わず悲鳴らしきものを情けなくあげるしかなく。クローゼットの中にあるべき物じゃないモノが、にたぁと気持ち悪い微笑みを浮かべて、こっちを見ていた。
(……これを……褒美に、やろう……)
その言葉に、首を激しく横に振りまくった。だって、だってぇ――。
「褒美なんていりませんっ! お願いだから出て行ってくれよぉ……」
自分の首を持った血まみれの落ち武者が、貰ってくれと首を差し出してくる。しかも何で、俺のところに現れるんだ。
かくてカバンを取りに玄関に戻るよりも、母親に泣きつく方が早かったなんて、恥ずかしくて誰にも言えない。
(後日この落ち武者は、母親が用意したモノであることが判明。いつ如何なるときでも、油断するなという戒めだってさ)