半人前霊能者シリーズ① 忘れられたメロディ
その後すやすやと眠りこけて、どれくらいの時間が経っていたのだろうか。突然ひんやりした空気が肌を撫でる感触に、背筋がぞくぞくっとした。
「ううっ、さむっ!」
冷えた体を慌てて起こしながら目を擦って周りを見渡してみると、ピアノの傍に白いものがうっすらと視えるではないか。
「……誰かいるの?」
そこにハッキリと存在しているのに、このセリフは間が抜けてと思われる。
(弾きたいのに……。じゃなきゃ忘れちゃう、どうしよう)
うろたえる様な女のコの声が、頭の中に聞こえてきた。
怖い気持ちを何処かに投げ去るように勢いよく立ち上がると、白い人影に近づいてみる。
(どうか、血まみれのグロい幽霊じゃありませんように!)
内心のドキドキをひた隠し、必死に胸を張った俺の目に、白い影が少しずつクリアになっていく。
「あの、えっと、こんにちは。君はここで、何をしてるの?」
目の前にいる女のコの姿は、肩まで伸ばした髪の毛をふわっと紺色のセーラー服の襟に散らばせた、雰囲気の可愛いらしいコだった。ここの学校の生徒だったのだろうか。今の制服とは全然違う。
(――私が視えるの?)
「視えちゃってます。何か困ってるみたいだね」
優しく声をかけたのに、女のコは不振そうな表情を崩さずに自分を見る。俺ってば、そんなに怪しいんだろうか?
(……アナタ、誰?)
「俺は三神優斗。君の名前は? ここの学校の生徒だったのかな?」
背の低い女のコの目線に合わせて顔を覗き込んでみると、もじもじしながら視線を逸らされた。
――すっげぇ珍しい……。今まで出逢った幽霊は助けてくれだの苦しいだの生首をやるとか、とにかく自分の想いを告げて縋りついてきた。それなのにこのコは、眉根を寄せながら俯くなんて。俺が聞いたことに対して、逆に困り果てている感じに見える。
もしかして、俺が男だからなのかもしれない――
「何か困っている感じだったから、声をかけたんだ。けしてやましいことをしようとか、ナンパしちゃおうとか変なことを考えていないからさ!」
ああ、もう自分がもどかしすぎる! 説明をすればするだけ、どんどん怪しさが増していくだろ。
「あの……私、五十嵐香織といいます。ここの生徒でした」
あたふたして1歩退いたときに、やっと顔を上げて自己紹介をしてくれた。
「五十嵐香織、さん」
「何か、名前を呼ばれたのが久しぶりすぎて、すっごく嬉しいかも。優斗くんって呼んでもいい?」
さきほどまでの緊張感がとれて、柔らかく微笑む。自分の存在に気がついて名前を呼んでもらえたのが、本当に嬉しかったんだろう。
「いいですよ。じゃあ俺は、香織さんって呼びますね。香織さんはここで、何をしようとしていたんですか?」
自分よりも確実に年上なので、さん付けで呼んであげながらしっかりと想いを訊ねてみた。
「私ね、ピアノを習ってたんだ。美術部で絵を描いて部活が終わってから音楽室にあるこの大きなピアノで、いつも練習をしていたの。コンクールで弾く課題曲を一生懸命に……」
言いながら両手を見つめて、悲しげに長い睫を伏せる。
「だけどコンクールの直前に、病気になっちゃってね。そのまま入院して、学校に行けなくなったんだ。せっかく練習したのに、コンクールにも出られなくなって。半年くらいだったかな、死んじゃったの」
「そう、でしたか。辛かったですね」
同情しないように心にバリアを張って口にしたせいか、えらく声色が冷たいものになってしまった。
「最期にもう一度だけ学校にあるピアノが弾きたいって思ったら、幽霊になっちゃった。優斗くんは、私を祓いに来たんでしょ?」
「うん。だけど香織さんの願いをきいてから、あの世に通じる道を開いてあげる。ここにあるピアノは弾けないの?」
「うん。触れようとすると、ほら……」
写真で見た細長い腕――あれは香織さんのものだったんだと、ピアノに伸ばした手を視て直感した。言ったとおりに、触れることなくすり抜けてしまう。
「じゃあ俺が香織さんが弾けるピアノを、今から用意してあげる。ちょっと待ってて」
今日は力を使ってないフルパワーの状態だから、難なく出せると思えた。しかも目の前にはイメージしやすい、本物のピアノがある状態。
――絶対にいける! ピアノピアノ……香織さんに弾いてもらわなきゃ。ずっと弾きたがっていたんだから――。
むむっと念を込めて、右手に気を集める。いつものように光り輝きながらくるくると回転を始め、やがてそれは形になった。
「すごいっ、優斗くん! ピアノが出てきたよ。しかも触れる、音がちゃんと鳴ってる!」
はしゃぎながら人差し指で鍵盤を叩き、音を出してくれたのだが……。
「触れるけど、でもそれは君が望んだピアノじゃないよね」
自分が形にできたものは子どもが遊ぶような、とても小さなピアノだった。
「でも触れるよ、音が鳴るもの。嬉しいよ」
「ごめん……。俺の力がまだ未熟で半人前だから、そんなものしか出せなくて」
――悔しい。もっと力があれば、目の前にある大きなピアノが出せたかもしれないのに……。
「ううっ、さむっ!」
冷えた体を慌てて起こしながら目を擦って周りを見渡してみると、ピアノの傍に白いものがうっすらと視えるではないか。
「……誰かいるの?」
そこにハッキリと存在しているのに、このセリフは間が抜けてと思われる。
(弾きたいのに……。じゃなきゃ忘れちゃう、どうしよう)
うろたえる様な女のコの声が、頭の中に聞こえてきた。
怖い気持ちを何処かに投げ去るように勢いよく立ち上がると、白い人影に近づいてみる。
(どうか、血まみれのグロい幽霊じゃありませんように!)
内心のドキドキをひた隠し、必死に胸を張った俺の目に、白い影が少しずつクリアになっていく。
「あの、えっと、こんにちは。君はここで、何をしてるの?」
目の前にいる女のコの姿は、肩まで伸ばした髪の毛をふわっと紺色のセーラー服の襟に散らばせた、雰囲気の可愛いらしいコだった。ここの学校の生徒だったのだろうか。今の制服とは全然違う。
(――私が視えるの?)
「視えちゃってます。何か困ってるみたいだね」
優しく声をかけたのに、女のコは不振そうな表情を崩さずに自分を見る。俺ってば、そんなに怪しいんだろうか?
(……アナタ、誰?)
「俺は三神優斗。君の名前は? ここの学校の生徒だったのかな?」
背の低い女のコの目線に合わせて顔を覗き込んでみると、もじもじしながら視線を逸らされた。
――すっげぇ珍しい……。今まで出逢った幽霊は助けてくれだの苦しいだの生首をやるとか、とにかく自分の想いを告げて縋りついてきた。それなのにこのコは、眉根を寄せながら俯くなんて。俺が聞いたことに対して、逆に困り果てている感じに見える。
もしかして、俺が男だからなのかもしれない――
「何か困っている感じだったから、声をかけたんだ。けしてやましいことをしようとか、ナンパしちゃおうとか変なことを考えていないからさ!」
ああ、もう自分がもどかしすぎる! 説明をすればするだけ、どんどん怪しさが増していくだろ。
「あの……私、五十嵐香織といいます。ここの生徒でした」
あたふたして1歩退いたときに、やっと顔を上げて自己紹介をしてくれた。
「五十嵐香織、さん」
「何か、名前を呼ばれたのが久しぶりすぎて、すっごく嬉しいかも。優斗くんって呼んでもいい?」
さきほどまでの緊張感がとれて、柔らかく微笑む。自分の存在に気がついて名前を呼んでもらえたのが、本当に嬉しかったんだろう。
「いいですよ。じゃあ俺は、香織さんって呼びますね。香織さんはここで、何をしようとしていたんですか?」
自分よりも確実に年上なので、さん付けで呼んであげながらしっかりと想いを訊ねてみた。
「私ね、ピアノを習ってたんだ。美術部で絵を描いて部活が終わってから音楽室にあるこの大きなピアノで、いつも練習をしていたの。コンクールで弾く課題曲を一生懸命に……」
言いながら両手を見つめて、悲しげに長い睫を伏せる。
「だけどコンクールの直前に、病気になっちゃってね。そのまま入院して、学校に行けなくなったんだ。せっかく練習したのに、コンクールにも出られなくなって。半年くらいだったかな、死んじゃったの」
「そう、でしたか。辛かったですね」
同情しないように心にバリアを張って口にしたせいか、えらく声色が冷たいものになってしまった。
「最期にもう一度だけ学校にあるピアノが弾きたいって思ったら、幽霊になっちゃった。優斗くんは、私を祓いに来たんでしょ?」
「うん。だけど香織さんの願いをきいてから、あの世に通じる道を開いてあげる。ここにあるピアノは弾けないの?」
「うん。触れようとすると、ほら……」
写真で見た細長い腕――あれは香織さんのものだったんだと、ピアノに伸ばした手を視て直感した。言ったとおりに、触れることなくすり抜けてしまう。
「じゃあ俺が香織さんが弾けるピアノを、今から用意してあげる。ちょっと待ってて」
今日は力を使ってないフルパワーの状態だから、難なく出せると思えた。しかも目の前にはイメージしやすい、本物のピアノがある状態。
――絶対にいける! ピアノピアノ……香織さんに弾いてもらわなきゃ。ずっと弾きたがっていたんだから――。
むむっと念を込めて、右手に気を集める。いつものように光り輝きながらくるくると回転を始め、やがてそれは形になった。
「すごいっ、優斗くん! ピアノが出てきたよ。しかも触れる、音がちゃんと鳴ってる!」
はしゃぎながら人差し指で鍵盤を叩き、音を出してくれたのだが……。
「触れるけど、でもそれは君が望んだピアノじゃないよね」
自分が形にできたものは子どもが遊ぶような、とても小さなピアノだった。
「でも触れるよ、音が鳴るもの。嬉しいよ」
「ごめん……。俺の力がまだ未熟で半人前だから、そんなものしか出せなくて」
――悔しい。もっと力があれば、目の前にある大きなピアノが出せたかもしれないのに……。