背中を押す手。
ただ、君に会いたいんです。
いじめってそんなに辛いんですか、
分からないんです、友人が相談してくれたのに、分からないんです______。
''それっていじめ、なのかな''
戸惑いから出た言葉が友人の背中を押した。
「飛び降りたんだって」
「可哀想に」
「まだ若いのにね」
ニュースにもなって、色んなテレビに映されて皆が手を合わせてくれた。だけどボクは手を合わせられなかった。
あれはきっと君の最期のサインだった、それなのにボクは君の背中を押した。変わらないんだ、陰で慌ててるいじめ首謀者達と。何も変わらない。
気づけなかった、いや、気付こうとしなかった。
薄々感ずいていたよ、君は笑っても目には薄い膜が張っていた。制服のスカートがくしゃくしゃだからとジャージを履いていた。
何か話しても学校のことになると一度だけぐっと口を噤んでから話す君。
いくら違う学校でも、それくらい分かっていた。
だけどさ、本当に
本当に君の寝顔を見て思った。
勝手かもしれないけどボクは君に生きていて欲しかった。
それって、死ぬことだったのかな。
幾らだってやれたじゃないか。
うちの学校に転校だって出来たはず。ボクと区域は全く同じなんだから。
親に相談だって出来たはず。親御さんは弁護士なんだから。
収まるまで休むことだって出来たはず。勉強だって遅れたって君なら取り返せるんだから
どうして生きる事を諦められるんだ
その気があれば何だって出来るだろう。
「あの子の日記に君の名前が書いてあってね、読んであげてくれ。」
お葬式で手渡された分厚い日記、几帳面な君のことだ、きっと毎日日記をつけていたんだろう。
それは一年分の日記。
『四月七日 晴れ
明日から高校!親友とは学校離れちゃったけど一人でも頑張るぞい!!』
綺麗に、期待の込められた希望の字。
親友とはボクのことだろうか、ボクなら君の名前を書くのに。
緑のペンが君の大好きなガチョピンペンだと教えてくれる、その字は色濃く、君の命がそこにはあった。
何の変哲もない、ただの日記。丸々ちゃんと仲良くなった、とか。給食は美味しいとか、ボクがちゃんと食べてるか心配だとか。そこにはボクの心配まで沢山の緑で埋め尽くされていた。
変わったのは、六月から。
五月病も明けて、引き摺る人は引き摺るぐずぐずとした季節。ボクの誕生月だ。
『六月十三日
楽しかった。凄く楽しかった。』
簡潔な文章、一行で終わってるのはこれが初めて、天気が書かれていないのもこれが初めて。異変を感じた。ペラリ捲る寸前、机の上にあるライトを点けてよく見るとそこには何度も消えるボールペンだからか緑が消えた後、ペンの後ろで擦った後が付いたままだった
『六月十九日
親友の誕生日!!!言えなかったから、書いとこ。毎日一緒に途中まで行って見送ってくれてありがとう。毎日迎えに来て一緒に帰ってくれてありがとう。』
ありがとうで埋め尽くされたページの色は、初めての黒、シャープペンシル。緑のペンは切らしてしまったのだろうか、几帳面な君は昔から緑のペンだけは切らさなかったのに。
お守りだからって。
はっきりといじめ、という言葉が出てきたのは七月九日
君に「学校楽しい?」と聞かれた日だ。
『七月九日 』この時から再び天気が消えた。
『これはいじめなんだと思う。どうしよう、書いたら不安になってきた。私今独りぼっちだ。誰にも言えない、こんな事』
こんな事、君がそう書くぐらいだ。ボクが想像してるより辛いのだろう。そのページからはいじめに立ち向かうためにここでだけ本当の事を書くと書き殴られていた。幼稚園から一緒の君のこんな字は、初めて見た。柔らかい角はカクカクとして、はねている文字の最後のハネの部分を初めて見た。
『七月十日
どうしてあの人たちは私の上靴を隠すんだろう
上靴を買うのも辛くなってきた。購買でまたと言われる度に謝ってしまう。私は悪くない』
『七月二十一日
あの人たちは私の上靴をどこにやっているのか気になってたけど、学校の花壇に埋めてるなんて思わなかった。お疲れさま、そう笑ってやろうと思ったのに制服が泥だらけになるまで必死で上靴を取ってた。花壇を荒らしたバツとして、一週間日直にされた。私は悪くない』
『七月二十七日
筆箱とやったばかりの宿題のプリントがゴミ箱でぐちゃぐちゃになってた。この筆箱親友がくれた大切なものなのに、汚れ落ちなかった。ごめんなさい。だけど私は絶対悪くない』
ここで七月の日記は終わっている、几帳面な君が七月の日記を少ししかつけていないのは不自然だった。本の厚みに比べるとつけられているページはあまりに少ない、おかしさに気づきよく見てみると少しだけ切り取ったページの残りの様な箇所が見受けられる。
君は何かを書いて破り捨てたのだろうか。
君の日記の最後につけられた悪くないの文字は段々と薄くなっていった。
八月もエスカレートしていくいじめが綴られていて、君の命を蝕んでいったそのいじめの大きさ、強さのようなものがじわじわと伝わってくる。
体育から帰ると無くなった制服、笑う度投げかけられる死の言葉、居なくなれと書かれたノート、回ってくる悪口だらけの手紙、痣を作るほどのエアガン、抜けられないSNS、入れてもらえないクラスの輪、聞こえる悪口、何度もトイレでバレない箇所に与えられる暴力
八月最後の日、君の日記から悪くないという字が消えた。代わりに天気が増えた。
『八月三十日 快晴
親友と居るところを見られた。
親友の噂を親友の学校に流すと脅された
迷惑はかけられないから、私は耐えられるから。心配しないでね』
あの日、君はボクに委員会でしばらく時間が合わないと言ったじゃないか。
ごめんねって言ったじゃないか。
『九月十日 快晴
駅前に三時、行かなきゃ殺されちゃう。
駅前に三時、お金持っていかなきゃ』
『九月十一日 快晴
怖い。
駅に行くと大柄の男の人たちが待っていた。あの人たちが嘘をついて、私の振りをして、約束をしていた。嘘つき。
痛い度に怖い、赤ちゃん出来てたらどうしよう、怖い。痛い』
何をされたのか、理系のボクでも理解出来た
君の字が強く、強くなっていくのは首謀者共への怒りや呆れ、哀しみや不安。
怒りなんてものじゃない、心の底から吹き出る黒くてドロドロとした永遠に冷めないマグマのような感情は握った拳から机に垂れる赤さで沸騰する
あの後からも破られた何枚ものページ、それらはここにはない、これがここにある最後の君の命。
『十月十四日 快晴
産婦人科辛かった
堕したら、魂も一緒に抜けたみたい。
頑張らなきゃ、もっと頑張らなきゃ。皆する苦労だから
お父さん、ごめんなさい』
一ヶ月前の君の字はまだ、苦しんでいる。
気がついたら、君の部屋に足は向いていた。
片親の君の父親は、君の仏壇が君の母親と同じだということを教えてくれた。その後に君の部屋に案内してくれたが、またボクは手を合わせられなかった。
君の部屋のドアを開けるとそこには、今にも動き出しそうな君の部屋があった。何度も訪ねた部屋、ボクが持ってきたゲームをしたクッション、宿題を写しにボクが押しかけた勉強机、最期に君を見たあの窓。綺麗なまま暖かい部屋は今にも君が嘘だと言って帰ってきそうだ。
しばらく立ち竦んだあと、やっと動いた足を机に向かわせる。机の上に置かれた緑のペンのインクはまだまだ残っている
机に大切そうに置かれた君の筆箱は何度も洗った後があって君の愛を感じた
いつも嬉しそうに眺めていた母親の形見のイヤリングは変わらず机の上で光っている。
君が、君だけがいない部屋の時計は止まったまま。
机の横、ゴミ箱をみる。
クシャクシャになった紙、薬の包装シートのゴミが入っている。ボクは日記と同じノートの切れ端を取り出して、広げた。変態だと君には怒られそうだ、謝ろう、会った時に
残っていたのは九月の紙、他はもう燃えてしまったのだろう。
『九月七日 快晴
親友が馬鹿にされて、耐えられなくて抵抗したら生意気だとハサミで髪を切られた、気に入ってたのに』
『九月八日 快晴
親友が髪型に気付いた、短いの似合うって。不幸中の幸い、これからは短くしようかな』
緑のペンで書かれた八日の日記、次の十二日の日記はシャープペンで書かれていた。
『九月十二日 快晴
親友を無視してしまった。私は汚いから、話しかけちゃダメだよ』
時計の針の音が頭を駆け巡り、腕を通う血管が千切れそうだ。
君は最期まで綺麗だった
窓から入ってくる冷たい風にふと、日記の最期のページを捲る。
裏に書かれた黒の字の遺書。
『十月十五日 快晴
これを読むだろうから、書いておくね。
君に言われたからこの世を去る訳じゃないんだ。君の一言に傷ついていないから、安心して。
最期まで言えなくてごめんね。
お父さん
育ててくれてありがとう。
先立つ不孝をお許し下さい
お父さんの娘で、お母さんとお父さんの子供でとってもとっても幸せでした。
三人とも大好きです。
ばいばい
最愛の家族達へ。』
最期のページを捲って立ち上がる。
そんな所に助けてを書いても見つけられないよ
ごめんね、君はもう出来ることをしていたんだね。ボクなんかより考えて、考え抜いた結果なんだね。
君は最期の最期まで諦めたりしなかった、昔から変わらないボクの大好きな綺麗な君のままだったんだね。
所々滲んだノートに書かれたシャープペンの芯達、丁寧に書かれたその文字達。
君を何も分かってない情けない親友でごめんね
目が霞んで時計が見えなくて、していない腕時計を探した。
君の日記を机に戻し手を合わせられた帰り際、君の父親に呼び止められた。
「海星君、娘と最期まで友達でいてくれてありがとう」
「ボクは、親友ですから。」
ボクはきっとこれからも君を探し続けるだろう、ちゃんとばいばいを言えるまで。
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