背中を押す手。
ただ、普通に生きたかったんです。
真っ黒に変わった日記を閉じて、
海星の言葉を思い出す。
『秘密の暗号な!』
あれは、小学生だったかな。
いや、幼稚園か。
いじめは、悪です。
何故かって?あれは小さな戦争なんです。
それも一方的な、狙われたら終わりだから静かにしていないと。
狙われたのは高校に入って出来た初めての友人でした。
『マジで消えて?』
言葉のボールはキャッチ出来なくて、投げつけられるだけ。
耐えられなかった、優しい彼女に回される捏造された噂も捏造の悪口も。
『そういうの止めよう』
たった一言、言うのに勇気はすべて使い切って。
それからのことは全く考えてすらいなかった
エスカレートしていくいじめも、耐えられた
時々体と心が千切れそうなくらい辛いこともあった、耐えられなかったけどこの世から逃げ去るのはいやだった。
日記に愚痴を書いたら明日は気合を入れて、その度に来る朝が怖かった。
アラームより早く起きては鳴る予定のアラームの音に震えた、一分一秒長くなりますように。朝が来ませんように、アラームが鳴って胸が握り潰される位の苦しみがあった。痛くて辛くて、毎日毎日声を殺して泣いた
私は悪くない。私は悪くない。
その度アラームが鳴って朝を告げられ、絶望して消えてなくなりたくなった。
寝る前は体が震えた、真っ暗になると大柄の男の人たちを思い出して身体中を掻き毟った
目を閉じて、明日が来ませんようにと祈り続けて、SNSの通知音に怯え続け安心して寝れる日はもう二度と来なかった。
頑張らなきゃ
何度も内緒で買い直した制服の袖に腕を通して、泣かないように頬を叩いて重いローファーを履いて、言いたくない行ってきますを言った。
頑張らなきゃ、
今日こそ、海星に相談しよう。
毎日毎日毎日毎日毎日毎日そう思った。
結局、言えたのはひとつだけ。
「なんか最近上靴が無くなるんだよねーいじめ、られてる、のかなぁ…!」
いじめの言葉に詰まったけど、海星は全く気づく様子もなく、いじめなのかなと海星を困らせた。
もっと、頑張らなきゃ
私はつくづく馬鹿だと思う。
「快晴だね、きっと明日も」
最期の会話はそれだけで、走って声が聞こえないくらいまで遠ざかったらわんわん泣いた
一人で帰る夕陽に照らされる通学路も、私が汚いから綺麗に見えない。
ちっとも綺麗に見えない。
頑張らなきゃ
小学生のリコーダーの音、カチカチと鳴る歯、歩く度にクシャクシャ太ももにぶつかるスカートの中の空いたPTPシート、耳鳴りのように聴こえ続ける庇ったはずの友人からの悪口。
『マジでウザイ、消えろ、いなくなれ、いるだけで迷惑』
頑張らなきゃ
泣き叫びたくなる言葉の数々も、耐えられない
泣き叫びたくなるいじめも、耐えられない
泣き叫びたくなるほどの痣の痛みも、耐えられない。
頑張らなきゃ
『この世にいないで欲しい』
ストンと膝から崩れた、カバンの中は捨てた教科書とノートのおかげでからからと自由になった家の鍵が鳴る。
ありがとうって言った友人は嘘つきなのだろうか、ありがとうの言葉は嘘だったのだろうか。
頑張らなきゃ
落ちたカバンから、零れ出た鍵の音が近所中に響き渡る。
頑張らなきゃ
私の思い描いた人生に一歩近づけるために。
海星と話した、夢の実現のために
「おめでとうございます。」
産婦人科の先生はそう嘘をついた。
どこから漏れたのか、メッセージは止まらなくて
『良かったじゃん!結婚したら?笑』
私の人生が思い描いたものから反れたのは誰のせい?
毎日が苦痛なのは誰のせい?
______私のせいだ。
『最愛の家族達へ』
最期の文字を書き終えると、学校に戻る。
あんなにも時間のかかった通学路は半分の時間で行くことが出来た。
とてつもない開放感に襲われた。
足の震えは一つも起こらなかった。
ごめんね、ばいばい。
''今日の天気は快晴ですね!''
''今日雨だよ、海星くん''
''ちげーよ!美雨がたすけてほしいときの暗号だよ!''
''みうがつらいときに海星くんにいえばいいの?''
''うん!そしたらボクがおたすけしてやる!!''
''わかった!やくそくね!''
''オウ!''