それから、君にサヨナラを告げるだろう

いつかの魔法


東堂から、高田馬場駅の前で待っていると、連絡が来た。ロータリーはサークルのパーカーなどを着た若い男女で溢れかえっている。
学生の頃と変わらない景色を目の前にして、私は茫然自失としていた。
「冬香、お前集合場所こっちじゃねえって」
「えっ、ごめん! メッセージ見てなかった」
「三人でもう待ってんぞ、はやく来い」
東堂に腕を引かれ、集合場所まで歩いて坂を登る。大学までのこの道を歩いたのは本当に卒業以来で、東堂に腕を引かれていなかったら、きっと歩けていないと思う。
思い出してしまう。この道を、彼と一緒に三脚を担いで移動したこと、撮影終わりに学生行きつけのカフェで打ち上げをしたこと、テスト期間は下落合にある東堂の家で勉強会をしたこと。
もうあの頃には戻れないという現実に押しつぶされて、消えたくなってしまう。

「あ、もっちー! 久しぶり!」
よく溜まり場にしていたカフェの前に、見知った顔の男女が六名集まっていた。真ん中にいる、赤いベレー帽を被ったショートカットの女性が、太陽みたいに明るい声で私の名前を呼んだ。
「会いたかったよ! 元気だった?」
同期で、当時の部長を務めた麻里茂(マリモ)は、あの頃と全く変わらない笑顔で私を迎えた。もっちーと呼ばれる懐かしさに、思わず顔が緩んでしまった。
「久しぶり。元気だったよ」
「そっか、良かった……」
少し痩せた? と言って、麻里茂が私の肩を撫でた。触れてはいけない傷を労わるように、彼女は私の体をさする。
私は、何が大丈夫なのか分からないまま、大丈夫だよと言って、へらっと笑った。
「麻里茂、あと五人遅れて来るらしいから、先に大学行こう」
「そうだね。東堂、あんた未だに爆食してるんだって? もう若くないんだから気をつけなよ」
「うるせぇな、成長期なんだよまだ」
結婚した人、離婚した人、子供がいる人、恋人がいる人、一人で生きていくと決めた人、変わらない人、変わった人。あの頃同じ学校に通っていた人達は、様々なライフステージの中で生きている。あの頃みたいに、もう立場は同じじゃない。
私たちは、もうあの頃とぴったり同じ関係にはなれない。
そのことが、こんなにも寂しく感じるのは、私がまだ大人になりきれていないからなんだろう。変化を受け入れず、立ち止まったままだからなんだろう。

ねえハル、変化を受け入れることが正しいことですか。
前に進むことだけが正解ですか。
私が今立ち止まっているこの時間は、無駄ですか。

教えてほしい。
それから、バカだなって、優しくハグをして。




ハルは、瞬く間にクラスの人気者になっていた。特におしゃべりでも、愛嬌が良いわけでもないのに、男女共によくちょっかいを出されていた。
皆、ハルのことが可愛くて仕方ない、という雰囲気だった。まさか彼がこんなに多くの人に愛される光景を目の当たりにできる日が来るなんて、思ってもみなかった。

「ハル、人気だよね。嫉妬しないの?」
前の席の堀田さんが、猫目でじっと私の顔を見つめてくる。私はえ、と声を小さく出すだけで、他に言葉が出てこなかった。
嫉妬するって、どうして。私はハルが沢山の人に愛されていることはとても嬉しい。だって、幼い頃はずっと一人で過ごしていたハルだから。
「そんなことは、思わないよ……」
「へぇ。幼馴染はさすが余裕ですね」
期待した答えではなかったのか、堀田さんは面白くなさそうに口を尖らせる。
「ハルのこと、ぶっちゃけ福崎狙ってるよ。気をつけた方がいいかもね」
気をつけるって、一体どういう意味で気をつけた方がいいのだろう。
ハルを取られないように気をつけるのか、それとも福崎さんに嫉妬されないように気をつけるのか……。
堀田さんが普通に話しかけてくれることをきっかけに、私を無視する空気は弱まっていたが、逆に幼馴染という立場を面白くないと思う人も出てきた。

ハルの存在は、それだけ多くの人の心を動かしているのだ。その事実が、私にとってはただただ眩しかった。

もしハルが入学式の日にいてくれたら、詩織を救うことはできたんだろう。私なんかより、もっと上手に、助けてあげられたんだろう。
ハルは眩しくて、なんだか見ていると時折辛くなる。
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