王子様と野獣
プロローグ


ひとり暮らしのいいところは、知られたくないことは黙っていればバレないってこと。
私だって親に心配かけたいわけじゃないし、分の悪いことは黙っていたいんだよ。

なのに、突然かかってきた母親からの電話で、人生そんなにうまくはいかないんだって思い知らされた。


『モモ! 仕事クビになったって本当なの!』


耳がキーンとするほどの大きな声に、私は思わず受話音量を下げる。


「ちょ、待って母さん。どうしてそれを」

『いつ? 一体何があったの。どうしてそういう大事なことを私に黙っているわけ?』


畳みかけるような母親の声に、私は目をつぶりただひたすらこの嵐のような時間に耐える。

くそー。隠してたのに。
前の会社をクビになったことを知っているのは、同僚以外はあいつだけ。

二歳下で現在大学生の弟の顔を思い出して舌打ちをする。
千利(せんり)め。秘密にしておいてって言ったのに、ばらしたわね?


『とにかく一度帰ってらっしゃいよ』

「ヤダよ。ってか心配ご無用なの。新しい仕事、もう決まったんだから」

『新しい仕事って何よ』

「んー、事務? 【田中不動産】って知ってる? そこのどっかの部署の事務」

『どっかの部署って……嘘ばっかりつかないの。そんな適当なことで入社試験に受かるわけないでしょ?』

「ホントだって。実は派遣に登録したの。そこから紹介されて、明日から行く」

『派遣……? 百花(ももか)が? 結婚なんてしない、自分の力で生きてくって言ったあんたが派遣?』


疑念のこもった声に、早く電話を切りたい衝動に駆られる。
派遣で一生働けると思ってるの、でしょ? 分かってるよー。
でも仕方ないじゃん。先立つものがないと就職活動だってできないわけ。
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