王子様と野獣


終業時間とともに、私は挨拶をして部署を出る。

廊下を歩く背中に「待って」と声をかけられて、心臓が止まりそうになる。
だってこの声、あさぎくんじゃーん。


「……主任」

「ごめん、ちょっと時間ある?」

「えっと、でも」

「……店に来たんだって?」


うおっ、即効バレた。
まあ話に出てもおかしくはないけど、あさぎくんのお母さん、家には寄り付かないって言ってたのに。

疑問が顔に出ていたのか、「妹が電話してきたんだ」とあさぎくんはあっさりと正解を告げる。
ああ、あの妹ちゃんか。ノリ良かったし、やりそう。


「す、すみません。勝手にご両親のところにまで押しかけて」

「いや、店だから別にそれはいいけど。でもなんか言ったの? 萌黄のやつ、なにか勘違いしたみたいで。『お兄ちゃんの彼女が来たよ』なんていうから」

「いやいや、そんな図々しいこと言ってないですよ」


慌てて首をぶんぶん振る。
あさぎくんは壁に手をつくと、ゆっくり、浅く呼吸をした。
決して距離が近いわけじゃない。ただ、彼のそんな表情やしぐさに私は勝手にドキドキしてしまう。


「この間変なこと言ったから。嫌われたかなって思ってた」

「嫌われるって……嫌っているの主任のほうじゃないですか」

「嫌ってなんてないよ」

「だって……私のこと振ったじゃないですか」


付き合えないって言ったじゃん。
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