王子様と野獣
「すみません、驚くとつい体が動いてしまって。お腹大丈夫でしたか?」
「こっちこそごめん、声をかけたつもりだったんだけど、聞こえてなかったんだね。腹は大丈夫。これでも鍛えているから」
腹筋があるからか。すごいなぁ。瀬川さんってどっちかというとインドア風に見えるのに体も鍛えているんだ。
「会社出て飯でも食おうかなって入ったら君が見えて。……君は、馬場を見てたね」
「あ……」
見られていたのか。
気まずくて黙る私の手を、彼はゆっくりと握った。
「……さっき、田中さんにも言われた。はっきり言わなきゃ、仲道さんには伝わらないって。……だから、宣言しておくね」
「え?」
「仲道百花さん。俺は君が好きだ。付き合ってほしい」
息が止まるかと思った。
だって、ビル脇の道路で、特にロマンチックな流れもなく、そうなる?
周りを見渡せば、見慣れた会社周りのビル群。夜の空気は全体を重く覆うけれど、実際は街の明かりがまぶしい。
私は瀬川さんの瞳に宿る、決意に似た何かを感じ取った。
ああ彼は、私のためにその言葉を言ってくれたんだ。
答えはきっと、私が肘鉄を食らわせてしまったあの時に、気づいていただろうに。
深呼吸して心を落ち着けてから、私はゆっくりと頭を下げる。
「……ごめんなさい」
瀬川さんはその返答を予想していたように笑った。