王子様と野獣
「おいしい豚丼出す店知ってるよ。ちょっと電車乗るけど、いい?」
「はい」
電車に乗っている間、私は瞼の腫れを何とかしたくて、駅の洗面所で濡らしてきたハンカチでずっと目を押さえていた。
それに集中していたから、店の前につくまで、どこに向かっているのか気づけなかった。
連れていかれたのはなんと【宴】だった。あさぎくんのお父さんのお店だ。
閉店時間は二十二時と書かれていて、既に二十一時を回っているからかお客は閑散としている。
「いらっしゃ……あら。あらあらあら。浅黄と……百花ちゃん?」
驚きを隠せないお母さんに、あさぎくんのほうは平然と告げる。
「ラストオーダーまだいい? 豚丼まだでる?」
「大丈夫だと思うわ。座ってて」
お母さんは厨房に向かい、すぐにお茶を入れて持ってきてくれた。
「できるって。少し待っていてね。百花ちゃん、浅黄を連れてきてくれたのね。嬉しいわ」
私が連れてきたわけじゃないんですって訂正しようかと思ったけれど、あさぎくんが何も言わないからいいのかな。
あさぎくんとお母さんは並んでいればやっぱり似てる。鼻筋の通った綺麗な顔は、お母さん譲りなんだなぁ。
「……付き合ってるの?」
目の間であさぎくんに耳打ちしつつ小突くお母さん。小声で言ってるけど聞こえていますよ。
あさぎくんはあいまいに笑って、話題を変えた。