王子様と野獣
「あ、はい。えっと、主任も気を付けて」
「うん。ふたりのときは名前で呼んでいいよ」
「えっとじゃあ、あさぎくん」
えへへ、と笑って見せたら、意外なことが起こった。あさぎくんが一歩近づいたなって思ったら、額に、柔らかい感触が落ちてくる。
こ、これはデコチューというやつでは。
あっという間に自分の顔が真っ赤になるのがわかった。
あさぎくんはそんな私を見て、ふっと口もとを緩めた。
「ホントに……顔にでるなぁ。かわいい」
うわ、そういうこと言わないで。ますます顔が熱くなってくる。
「かわいい」
ダメ押しのように続けられて顔から火が出そう。言われ慣れない言葉をもらうと人って固まるもんなんだわ。
もう一度額に唇が落ちる。
うわあ、なんかもうどんな顔をしたらいいのかわからない。
「……モモちゃん」
顔を上に向けられて、近づいてくる唇に驚きすぎて思わず首をすくめてしまう。そうしたら彼の唇は私の鼻のてっぺんにぴたりとつく。
「あ、ごめん」
「いえ、……びっくりした」
「ごめん。ちょっと無意識に動いてた」
そのまま体を離し、今度は頭をガシガシと撫でて、彼は私に背中を向ける。
「早く部屋に入ってね。心配だから」
「あ、あさぎくん、あのっ……また明日」
「うん」
笑顔を見せて次の瞬間には階段の先に消えていく。
「あ、甘くない……?」
性欲もてないんじゃなかったのかよ。今、私が動かなかったら確実に口にキスをしてたよ。
さすがにキスは初めてじゃないけど、最後が高一だったんだから、もはや初めてのようなもんだよ。
だから。……だから、すごくドキドキした。
「本当に私、彼女になったって思っていいんだ?」
ここに来てようやく実感が沸いてきて、信じられなさ過ぎてへたり込んでしまった。