王子様と野獣
「この間だって……」
無意識に声が出たのに驚いて、立ち上がる。
突然の俺の行動に、その場にいた全員が驚いたように俺を見る。
「あ、ごめん。何でもないんだ」
「馬場、寝ぼけてたんじゃないんだろうなー」
阿賀野が茶化し「お前じゃないんだから」と瀬川が諫める。
みんなの関心が俺から阿賀野に移ったのを見てホッとして腰を落とす。
そう、この間だって、帰り際のモモちゃんに思わずキスをしそうになった。
おでこにキスをするところまでは自分の意思だったけれど、表情を見ているうちに、いつの間にか引き込まれていてしまった。あれは完全に無意識での行動だった。
彼女となら大丈夫と思う反面で、以前のように、行為の途中で逃げるような真似をしてしまったらと思うと怖くて仕方がない。それが女性をどれだけ傷つけるか、あの時に痛いほど分かった。だから、焦らずゆっくり進んでいくつもりじゃなかったのか。落ち着けよ、俺。
「ほら、いつまでも遊んでいないで仕事してください」
やんわりと諫める田中さんの声で、俺も我に返る。
「そうだ。みんな、ちょっと聞いてもらっていいかな」
「はい」
「実は今進めている企画が行き詰まっていて……みんなから意見を聞きたいと思っているんだ。これまで個別に進めていた案件も共有して、……ひとりで考えているよりは、皆で話し合ったほうが色々なアイディアが出るんじゃないかと思って。今日、皆午後は社内の予定だろ? 会議室に集まってもらえるかな」