王子様と野獣
「……また……!」
金の髪、俺とよく似た目鼻立ち。薄い唇が吐き出した、『愛しているよ』の言葉。
胸を氷で触られたみたいに、ひやりとした気色悪い感覚が襲った。
「…………っ!!」
一気にこみあげてくる吐き気に、俺は彼女から体を離した。
「ん、……ん、……すう」
モモちゃんは軽く身じろぎをしたけれど、またすぐに眠りに落ちていく。
俺は呼吸を整えながら、いつまでも消えない父親への怒りを押さえるのに必死だった。
どうして今も、こんなに思い出すんだろう。
俺の人生に関係のない人間だと思うのに、彼の存在が俺をおかしくする。
「……父さん」
今の父が、理想だった。
だからこそ実の父が許せない。彼に似ている、自分のことも。
俺はモモちゃんの鞄からアパートの鍵を取り出した。
このまま、帰ろう。一緒にいると手を出したくなるのに、やはり途中で実の父の影におびえてしまう。こんなことをしていたらモモちゃんを傷つける。
そう思って戸口まで行ったとき、彼女のスマホが音を立てた。
「え」、と振り返った瞬間、今度は目の前の扉がガチャガチャと音を立てた。
「……モモ出ろよー。いるんだろ。泊めてー」
「うわっ」
「え? ……あれ、あんた」
合鍵と思しきカギを使って入ってきたのは、彼女の弟の千利くん。
「何でここにあんたが? モモは?」
彼が電話を切ると途端に彼女のスマホが鳴りやむ。
そしてその音で、深い眠りに落ちていたはずの彼女は目をこすりながら体を起こした。
「あれ、……あ、あー!!千利?」
「いるんじゃん、モモ。つか、寝てたの? どういうこと? あー、彼氏ってこと?」
怪訝そうな弟くんの視線に刺されるような気持ちになりながら、俺はいたたまれず立ち尽くしていた。