王子様と野獣

やがてガタンと音がしたかと思ったら、あさぎくんが中に入ってきた。

「……ごめん、モモちゃん。追いつけなかった。すんでのところで電車に乗られちゃって……」

「うん。千利なら大丈夫。たぶん家に帰ると思うし」

息を切らしたあさぎくんに、手を伸ばす。
彼は驚いたように私の腕を掴む。「モモちゃん?」と小さな疑問の声。

さっき思いついたことを伝えたい。
でもなんて言ったらいいの。どう言えば伝えることができるの、バカな私の頭では思いつかない。
それでも黙ってもいられなくて、私は必死に思いつく言葉を紡ぐ。

「あさぎくん。……アメリカの……実のお父さんと話す機会ってもうないの?」

あさぎくんの顔色がさっと曇る。
本当に嫌いなんだろう。彼の話をするときのあさぎくんは辛そうというか痛そうだもの。だけど……。

「なに? いきなり」

「私、さっき千利と喧嘩して気づいたの。千利はあさぎくんのこと何も知らないくせに、見た目だけで軽くて私のこと遊んでるって思いこんでいるんだよ。……あさぎくんはどうなの? お父さんとちゃんと話したことなんてないんでしょう? 思い込みで嫌ってるわけじゃないの?」

「……あの男は俺と母さんを捨てたんだよ? 嫌うにはそれで十分だ。責任感がなくて、弱虫だから、だから逃げ出したんだ」

「だって知らなかったんでしょう? 子供がいたことも。だったら」

「だったとして、あとから現れて父親面されるなんてまっぴらだ!」
< 162 / 196 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop