王子様と野獣
あさぎくんからいつもの冷静さが無くなったのが、肌で分かった。私は怯えて一歩後ずさる。
戸棚に腰が当たって、棚の上の小物がガタガタと揺れた。
「なんで急にそんなこと言うの? モモちゃんは俺が間違ってるって思うわけ?」
「間違ってるなんて言ってないよ。でもお父さんが嫌いだっていうなら、考えなきゃいいだけじゃない。今は他人なんだし、本当にお父さんがひどい人だって思うなら、そういう引きずり方しないと思う」
「だって、俺はあの人にそっくりだから」
「それって見た目だけでしょう? あさぎくんが自分で言った通り、あさぎくんはお父さんのこと何にも知らないんだよ。一緒に暮らしてないんだから。だから似るはずなんてないじゃない!」
あさぎくんの表情が固まった。
「モモちゃんに何がわかるんだよ!」
普段彼から発せられることのない鋭い声に、私の全身がおびえる。
沈黙が一瞬訪れて、彼は怯えた私を見つめ、険しい顔のまま部屋を出ようと玄関扉に向かって歩いて行った。
ダメなのか。私の言葉じゃ、彼を変えることはできないのか。
涙があふれてきて、「……うっ」と思わず声が出てしまう。
その声に弾かれたように、彼が一瞬不安そうな目でこっちを向いたのを、私は見逃さなかった。
ほら、やっぱり優しい。
怒っていたって、あなたは私を振り切れるほど冷徹になんてなれないくせに。
私は、ひるむ心を必死に奮い立てて続けた。