王子様と野獣

あさぎくんからいつもの冷静さが無くなったのが、肌で分かった。私は怯えて一歩後ずさる。
戸棚に腰が当たって、棚の上の小物がガタガタと揺れた。

「なんで急にそんなこと言うの? モモちゃんは俺が間違ってるって思うわけ?」

「間違ってるなんて言ってないよ。でもお父さんが嫌いだっていうなら、考えなきゃいいだけじゃない。今は他人なんだし、本当にお父さんがひどい人だって思うなら、そういう引きずり方しないと思う」

「だって、俺はあの人にそっくりだから」

「それって見た目だけでしょう? あさぎくんが自分で言った通り、あさぎくんはお父さんのこと何にも知らないんだよ。一緒に暮らしてないんだから。だから似るはずなんてないじゃない!」

あさぎくんの表情が固まった。

「モモちゃんに何がわかるんだよ!」

普段彼から発せられることのない鋭い声に、私の全身がおびえる。
沈黙が一瞬訪れて、彼は怯えた私を見つめ、険しい顔のまま部屋を出ようと玄関扉に向かって歩いて行った。

ダメなのか。私の言葉じゃ、彼を変えることはできないのか。
涙があふれてきて、「……うっ」と思わず声が出てしまう。

その声に弾かれたように、彼が一瞬不安そうな目でこっちを向いたのを、私は見逃さなかった。

ほら、やっぱり優しい。
怒っていたって、あなたは私を振り切れるほど冷徹になんてなれないくせに。

私は、ひるむ心を必死に奮い立てて続けた。
< 163 / 196 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop