王子様と野獣
ドシン、という重たく響く音とともに、床に転がる阿賀野さん。
目をぱちくりとさせ、何が起こったのかさえわからないように口を半開きにしている。
私はと言えば、阿賀野さんを床に転がした瞬間の音で、正気に返った。
やばいって、ここ職場だよ。
ナンパの男をやり込めるのとはわけが違うっていうのに。……あああ、もう、やばい、どうしよう。
「あ、ご、……ごめんなさい! 大丈夫ですか」
慌ててしゃがみこみ、阿賀野さんの体を起こそうとしたけれど、もう遅い。
阿賀野さんは驚愕の表情でクマに出会った時のように後ずさるし、遠山さんもあさぎくんも、呆気にとられたように私を見ている。
「……アンタ、今何した?」
「す、すいません。私、合気道やってて。触られると反射的に投げ飛ばしちゃうんです」
一応弁明はしてみる。でも、阿賀野さんはもう私に対して笑顔は見せない。
「はぁ? マジ?……こっわ」
また、言われちゃった。
前の会社のときと同じ。身長が低い私を、大抵の男性は見くびっている。そして私が男を投げ飛ばせるくらい強いって知った途端に、なぜか軽蔑のまなざしで見るんだ。
それ自体は仕方ないなって思うけど、まさか出社初日の午前中にここまでやらかしてしまうなんて、最悪だー!
いたたまれなくて黙っているうちに、投げ飛ばした時の騒音を聞きつけてかフロアからも人が集まってくる。
阿賀野さんは慌てて立ち上がり、私をじろりとにらんだ。
「す、すみません」
「ないわ、こんな暴力女。小さいから油断してた。……行こうぜ、馬場」
そして、あさぎくんを置いて先に行ってしまう。