王子様と野獣


「おい阿賀野!」


あさぎくんは非難の声を上げたけど、ため息をつくと私の前にすっと立った。
見上げればもう顔は笑っていない。胸がずきんと痛んで、のどに何かが詰まったように苦しくなる。


「たしかに阿賀野は馴れ馴れしすぎるし、やりすぎていたと思うよ。でも、いきなり投げ飛ばす仲道さんもいけないと思う。ちゃんと口で言ってくれれば、阿賀野だって無理強いまでしないはずだし。今後は手を出す前に言葉に出してほしい」


あさぎくんはやんわりと私を叱責する。
けんかっ早い小学生がうける小言のようで、恥ずかしくてうつむいてしまった。


「……すみません」


今の一部始終は、噂となってフロアを駆け巡っていく。
あさぎくんは、私の頭をポンと軽くたたくと、「ごめん、約束があるから、もう行くね。……この話はまたあとで」と行ってしまった。

あさぎくんに触られるのは全然嫌じゃない。
むしろ嬉しいくらい。

でも阿賀野さんのは嫌だった。
でも、……あさぎくんの言うとおり、投げ飛ばす前にやめてくださいとちゃんと言うべきだったんだ。
私はもう、大人なんだから。ああもう、こんなんだから、野獣なんて言われちゃうんだよ。

救いを求めて遠山さんを見つめると、「……あははぁ。仲道さん、強いんだね?」とこちらも引き気味だ。


「すみません」


恥ずかしい。情けない。初日っからこんな大失敗。
何やってるんだよ、私。

仲道百花、二十二歳
新しい職場でも、さっそく切羽つまっています。





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