王子様と野獣
「美麗ちゃんはなんだかんだと面倒見はいいよね。良かったね、百花ちゃん」
「はい。ありがたいです。あの、遠山さん。どのくらい理解できていればいいですか」
「え? この本一冊マスターしてほしい。頑張って」
意気込んで聞いたらスパルタな答えが返ってきた。
でも、一冊理解できればっていう目安があるだけでも助かる。頑張る方向が分かれば、あとは自分の努力次第でなんとかなるもん。
心の中で美麗さんに感謝し、視線を向けると、ちょうどあさぎくんが彼女を呼んだところだった。
「田中さん、先日頼んでいた資料の件だけど」
「はい! ちょっとお待ちください」
美麗さんは机の引き出しから資料を素早く取り出し、「現在のところここまで……」と言いながらあさぎくんのところに向かう。
美麗さんが明らかにかしこまって少し浮足立っているのもみてとれるけれど、あさぎくんって誰といても印象が変わらない。
優しくて穏やかで、だけど指摘すべきところははっきり言う。
阿賀野さんに対しても私に対しても、同じような態度だった気がする。
「過去の出店経験とかも調べられる? 可能ならその出店先の継続期間とか。今度の打ち合わせで幾つか候補を出したいから」
「分かりました。数日かかりますが」
「いいよ。いつも仕事が早くて助かる。ありがとう」
「いえ」
嬉しそうな美麗さん。見ていれば胸は痛むけど……嫉妬っていう感情まで至らないのは、あさぎくんからの扱いがどこまでも平等だからのような気がする。