王子様と野獣


「あ……でも、私、今日は帰って勉強します。ほら、今のままじゃお役に立てないし」

「そう? 俺でよければ相談に乗るから、いつでも言って」


瀬川さんはそういうと、名刺を取り出し、裏にサラサラと何かを書いてから私に渡した。
書かれているのは携帯電話と思われる番号だ。


「あの……」

「いつかけてきてもいいよ。じゃあ」


なんと言ったらいいか考えているうちに、瀬川さんはさっさと背中を向けて戻ってしまった。

残された私は、なんだか恥ずかしいようなくすぐったいような気分になる。

もしかしたら本当に、瀬川さんは私に気がある? 
でも、前の職場は若い男性がほとんどいなくて出会いがなかったし、基本“野獣”と呼ばれて恐れられてきたから、男の人に言い寄られる経験が私はあまりにもない。

急にこんなことになっても、どうしたらいいかわかんないよー。


「仲道さん」


廊下で呆然としている私に、次に声をかけてきたのはあさぎくんだ。さっきよりもドキドキが激しくなって、平静な顔をつくるのが難しい。


「あさ……主任」

「どうしたの? 結構前に出ていったと思ったのに、何か困ったことでもあった?」

「い、いえ」


先ほど瀬川さんに見せるために鞄から出した参考書に、彼の名刺をさっと隠した。
するとあさぎくんはそれをじっと見て、口もとに手を当て考えるようなしぐさをする。

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