王子様と野獣
「仲道さん、家に表計算ソフトの入っているパソコンある?」
「え? ……いえ、あの、ありません」
ネットはスマホで事足りちゃうから、私はパソコンを持っていない。
練習するって言っても、脳内でイメトレするくらいしかできないんだよなぁ。
「俺、前使っていたノートパソコンが家に余っているから、よければそれを貸そうか。勉強するなら、本物がないと辛いでしょ」
「本当ですか?」
それは本気で助かる。あさぎくんは、明らかにホッとしたオーラを出した私を見つめてふっと柔らかく笑った。
「明日持ってくるよ。今日はそれを読んで、どんなことができるのかだけ理解すればいいんじゃないかな」
「はい」
見ていないようでいて、私のできなさ具合は把握していたらしい。
「ある程度できるようになってもらわないと、雇い続けることができなくなるし、頑張って」
「はい!」
そうだ。
私だって、この仕事が無くなったら困るもん。頑張らなきゃ。
あさぎくんに励まされて、私は意気揚々と会社を出た。夕飯の材料を買って部屋につき、簡単な野菜炒めを作って、お行儀悪いけれど食べながら本をめくる。
その時に名刺が零れ落ちてきて、瀬川さんのことをすっかり忘れていた自分に気づいた。
「……まさかね。親切心で言ってくれただけだよ」
誰かに好かれるなんてしばらくなかったから、本当なら嬉しい気持ちもあるけど、今の自分があさぎくんのことばかり考えている自覚はある。
それに今はあまりにも仕事がままならなくて、正直恋なんてしている場合じゃない気がする。
「頑張ろう。せめて呆れられないくらいにはならなきゃ」
瀬川さんのことはとりあえず頭から追い出し、私は再び参考書とにらめっこをした。