王子様と野獣
電車はひとり分の席が空いていて、千利は私をそこに座らせると、人目から守るように前に立つ。
そして電車を降りて駅構内から出たとたんに、「のって」といきなりかがむからびっくりした。
「え? なに?」
「酔っ払ったモモ、歩くの遅い。担いだほうが早い」
「担いだって……荷物じゃないんだから」
「いいから、早くのって」
言われて、仕方なく千利の背中に乗る。
千利は私の体重なんてものともしないようにひょいひょいと歩いていくから、いい感じの揺れに眠気が襲ってきた。
「昔のいい記憶だけで恋愛とかするもんじゃないよ、モモ。……聞いてる?」
小言に似た千利の声は、どんどん遠ざかっていく。
「寝たのかよ。……ったく、無防備だな。新しい仕事先、大丈夫なのかな」
大丈夫だよ、千利。
なんてったって王子様がいるんだから。
そんな私のセリフは、たぶん千利には届かなかった。
ただ、千利の背中の安心感と、今更ながらあさぎくんとの再会が嬉しくて、私は幸せな眠りについたのだ。