王子様と野獣
「馬場くん、ちょっと」
ひょっこりと顔を出した年配の男性に手招きされて、あさぎくんが「はい!」と慌てて立ち上がり部屋を出ていく。
向かいの席の瀬川さんと阿賀野さんが、目を合わせて肩をすくめ、遠山さんは「あー」とつぶやく。ちなみに美麗さんは今不在だ。
「誰なんですか?」
あまりいも含みのあるみんなの態度が気になって聞くと、「専務秘書の中村さん」と返される。
「専務……秘書?」
あれ、専務と言えば……
「そう。美麗ちゃんのお父さま。ついに動いたかな」
「ついにって」
「いやあ、前から有名だよ。専務が美麗ちゃんの婿候補として馬場主任を狙ってるってのは。主任は噂とかには無頓着だから知っているかはわからないけど」
すうと、頭から血が下がるのが分かった。
そういえば、前にも遠山さんからそんなことを聞いた。
あさぎくんにとっても悪い話じゃない。美麗さんは美人でしかも仕事もできる。性格もきつめだけど献身的で、何より彼女との結婚は、彼の出世に関しては得でしかない。
「主任……。美麗さんと結婚するのかな……」
「するかもねぇ。やっぱり気になるんだ?」
声に出しているつもりはなく、返事をされて驚いた。
遠山さんはにやりと笑って、私の耳元に口を近づける。
「やっぱり百花ちゃん、主任が好きなの?」
「えっ、や、あの」
こんなところでそんなこと聞かないで!
真っ赤になってたじろいだ私に、向かいの席から視線が飛んでくる。
瀬川さんも阿賀野さんも凄く不審そう。