王子様と野獣

「そんな、いや、あの。……トイレ行ってきます!」


思わず逃げ出してしまって、その大人げなさに自分で嫌気がさす。

何やってるんだろう、私。
仕事しに来てるっていうのに、こんなことですぐ動揺してしまう。

早く冷静になって戻らなきゃ……と思いつつ、とりあえず本当に化粧室に向かおうとすると、それより先のエレベーターホールで、あさぎくんが年配の男性と話しているのが見えた。その男性は美麗さんとよく似ていて、ああこれが専務なんだって分かるくらい。


「いい返事を期待しているよ」


と専務はあさぎくんの肩をたたき、そのままエレベーターへ入ってしまう。
残されたあさぎくんが、大きく息をつくのを見て、私はとっさに、今見られちゃいけない気がして逃げ出した。

やっぱり、遠山さんが言っていたことって本当なんだ。
政略結婚っていうの?
会社のための結婚?

それはあさぎくんにも利益がある話だし、実際美麗さんは結構な好物件だと思う。あさぎくんが了承しても何にもおかしなことなんてない。

そう思うのに、嫌だって気持ちが止められない。
自分の気持ち、伝えてもいないくせに。
人のものにならないで、なんて思うのは、間違ってると思うのに。
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