王子様と野獣
『ほかに困ったことはない? 会社はどう? なれた?』
「はい。皆さんいい人で」
『……モモちゃんにとったら、誰でもいい人になりそうだよね』
クスリ、と笑った声は、耳奥の自分では届かないようなところをくすぐった。
「え?」
『阿賀野も癖が強いし、遠山さんも結構マイペースだろ。俺だって……』
あさぎくんも……?
あさぎくんは誰に対しても冷静で、穏やかで親切だ。
そんな風に自虐するのはおかしいと思うのだけど。
『……任、お待たせしました』
電話にほかの人の声が入って、私は息をのむ。
『ああ、はい。ごめんね。まだ外なんだ』
「お、お忙しいのにすみません」
『ううん。いつでも電話していいよ。じゃあね』
電話を切ってもまだ、心臓のドキドキは止まらない。
最後に聞こえた声は、女の人のものだった。たぶん、……美麗さん。
一緒に仕事? それともデート?
時間は二十時を過ぎている。どちらの可能性だって捨てきれない。
いや、外って言っていたから、デートの可能性のほうが高い。
「結婚、しちゃうのかな。……やっと会えたのに。いやだなぁ」
私とあさぎくんは、昔一緒に遊んだだけの、幼馴染とも言えない関係。今はただの同僚。
分かってるよ。
なのに私は、どうして自分をあさぎくんの特別みたいに思っちゃうんだろう。
どうして私は、……あれだけのことで恋に落ちて、今でも好きだと思っちゃうんだろう。