王子様と野獣
そんなこんなで一日の仕事が終わり、帰ろうとエレベーターホールに向かう。時間は定時を十五分ほど過ぎたあたりで、他の社員さんたちはほとんどの人がまだ残っている。
エレベーターを待ちながらスマホのチェックをしていると、頭の上のほうから声をかけられた。
「お疲れさん」
とファイル片手に隣に立ったのは、田中本部長だ。
「あ、お疲れ様です」
「馬場のところの仲道さんだろ? どう? 仕事慣れた?」
「はい、おかげさまで」
「いよいよ遠山も退職だもんな。あそこ癖強いから大変だけど頼むな」
初日にちらりと顔を見ただけのはずなのに、覚えてくれていたんだとちょっと感動しつつ、上に向かうエレベーターが先に到着したので、ぺこりと頭を下げた。
本部長は小さく手を振って乗り込んでいく。
御曹司って話だけど、気さくな人だなぁ。
こっちは重役と話すことなんてないから緊張しちゃう。
はーと息をついたら、足もとに万年筆が落ちているのを見つけた。
「これ、本部長の?」
エレベーターは五階についたところだ。
今、ものすごく急いで階段を駆け上がれば、本部長が部屋に入る前に捕まえられるかもしれない。
思ったとたんに体が動く。私は非常階段のほうへ向かい、小走りで駆け上がった。一階上の廊下に出ると、奥のほうを歩く本部長を見つけた。怒られるかなと思いつつも、走って追いかける。幸い、カーペット敷きの廊下なので、音が響くことはなかった。