王子様と野獣
「【宴】でしたっけ。お父さんのお店。いつか行ってみたいです」
「ここからそんなに遠くないよ。電車をさらに二駅いったところにあって……」
しばらく、お父さんのお店の話で盛り上がっていたら、あさぎくんがリラックスしたみたいだった。
会社で見せる、落ち着いた顔とは違う嬉しそうな顔。前もそうだったけど、家族の話をしているときのあさぎくんは楽しそうだ。見ていたら私まで嬉しくなる。
「送っていただいてありがとうございました」
もう少し長く一緒に話したかったのに、すぐにアパートの前についてしまった。
送り狼になってくれてもいいのに、なんて不埒なことを考えて彼を見つめる。
だけど彼は平常通り、誰にでも優しい王子様。
「ううん。じゃあまた来週」
「はい」
本当にあっさりと彼は私に背中を向けた。
ああやっぱり、私に対して恋愛感情なんて無いんだ。
そう思えば切なくて、黙って見送ればいいと分かっているのに、手が勝手に動いて、彼の服を掴んでしまった。
「……あのっ」
彼は立ち止まる。振り向いた瞬間の怪訝そうな表情に、呼び止めたことを後悔した。
だけど、勢いは止められない。
「よ、良かったら、寄っていきませんか。うち」
「いや、でも夜中だし」
「今からじゃもう、終電ありませんよ。タクシー呼ぶなら時間かかるし。お茶でも出します。休憩していってください」
顔が熱い。気づいてほしい。どうでもいい人になんて、こんなこと言わない。
気づいて。私、あさぎくんが好きなんだよ。