王子様と野獣
目で訴えると、美麗さんは渋々立ち上がった。
「……そうね。瀬川さん、申し訳ないけれど、お昼は打ち合わせを兼ねて仲道さんと食べる約束をしているの。それにね、瀬川さん、そういう誘いは人目のないところのほうがいいわ」
じろりと睨まれて、さすがに瀬川さんはバツが悪そうな顔をする。
「分かった。悪かったよ。ごめん、また誘うね」
ポンと肩をたたかれて、すっとその場から離れる。こういうしつこくないところが彼は好印象というかスマートだな。
美麗さんもそう思ったのか、私の肘をつつく。
「いいの?」
「いいんです。今日は美麗さんに話があって」
「わかったわ。じゃあ、お昼に」
そのあとで、あさぎくんが入ってくる。彼は私を見つけると、一瞬たじろいだそぶりを見せたが、気を取り直したようににこりと笑うと、「おはよう、仲道さん」と当り障りなく答えた。
「おはようございます」
私もいつも通り笑えば、彼はホッとしたような曖昧な笑みを見せた。
そして仕事が始まれば、誰も私情なんて挟み込まず、それぞれの仕事に集中している。
すごいな。私なんて、まださっきの瀬川さんの誘いに動揺しているっていうのに。
天板のすぐ下の、横に広い仕事用の資料を入れている引き出しを開けて、そこに【集中!】と書かれたメモがあるのを見て驚く。
遠山さんの字だ。金曜は一緒に会社を出たはずなのにいつの間に。
「格好いいなぁ……遠山さん」
思わずクスリと笑ってしまい、肩の力が抜けたおかげか、そのあとは仕事に集中できた。