水竜幻想
常葉は竜神の傍らまで膝を進め、そのひんやりした手をとると、己の首へと導く。
「人としてここに留まることが許されぬなら、人の生を捨てましょう。わたしをあの世に送ってくださいませ。どうか、あなたさまの手で」
竜神の大きな手ならば、常葉の細首をひねるなど容易いだろう。しかし、あの日のように指先に力が入れられることはなかった。
常葉は重ねて希う。
「人の一生など、あなたさまにとってはほんの一瞬に思われるかもしれません。ですが、ここでの暮らしを……あなたさまと過ごした数日だけを支えに、地獄にも等しい場所で生きなければならない残りの年月は、わたしには永久よりも長く感じられるでしょう」
それまで添えられているだけだった竜神の手が動いた。常葉の首を引き寄せる。
「だから人は疎ましい。すぐ死ぬというに、想いばかりが強くて敵わん」
常葉はきつく眉根を寄せる竜神に笑いかけた。
「では来世があるならば、わたしは人以外のものに生まれます。鶴や亀なら、一日でも長くあなたさまのお傍にいられるかもしれません。それともいっそ、庭の小石にでもなれば万の刻をお供できましょうか」
「……それは少々困る。さすがに石では見分けが難しそうだ」
ふ、と竜神の口元がほころんだように見えた。常葉は直衣の胸に顔を埋め、吸い込んだ清水の香りを魂に刻む。
「でしたら印をお付けくださいませ。どのような姿に生まれ変わってもみつけていただけるように」
常葉は差し出すように首をのけ反らせると、静かに瞼をおろした。
「人としてここに留まることが許されぬなら、人の生を捨てましょう。わたしをあの世に送ってくださいませ。どうか、あなたさまの手で」
竜神の大きな手ならば、常葉の細首をひねるなど容易いだろう。しかし、あの日のように指先に力が入れられることはなかった。
常葉は重ねて希う。
「人の一生など、あなたさまにとってはほんの一瞬に思われるかもしれません。ですが、ここでの暮らしを……あなたさまと過ごした数日だけを支えに、地獄にも等しい場所で生きなければならない残りの年月は、わたしには永久よりも長く感じられるでしょう」
それまで添えられているだけだった竜神の手が動いた。常葉の首を引き寄せる。
「だから人は疎ましい。すぐ死ぬというに、想いばかりが強くて敵わん」
常葉はきつく眉根を寄せる竜神に笑いかけた。
「では来世があるならば、わたしは人以外のものに生まれます。鶴や亀なら、一日でも長くあなたさまのお傍にいられるかもしれません。それともいっそ、庭の小石にでもなれば万の刻をお供できましょうか」
「……それは少々困る。さすがに石では見分けが難しそうだ」
ふ、と竜神の口元がほころんだように見えた。常葉は直衣の胸に顔を埋め、吸い込んだ清水の香りを魂に刻む。
「でしたら印をお付けくださいませ。どのような姿に生まれ変わってもみつけていただけるように」
常葉は差し出すように首をのけ反らせると、静かに瞼をおろした。