水竜幻想
舌打ちし、怪訝に振り向いた竜神の顔に険が宿る。
見えない圧がハルを襲うが、気力を振り絞った。

「――俺を、召し……食べてください!!」

「何を血迷うた事を申す。――まだ惚けておるのか? どうやら術が甘かったようだ。慣れぬことはするものではないな」

ハルの前に膝を折り手を伸ばしてきた竜神の袖を掴んだ。
だが、あまりにも美しく上質な絹の手触りに、すぐに手を引っ込める。

「お願いです。喰ってもらわないと、水がなくなって。このままでは里の皆が死んでしまう!」

ハルの必死の願いにも、竜神は不愉快げにふんと鼻を鳴らしただけで取り合わない。

「気まぐれに立ち寄ってみれば、やはりそんな事か。吾がどこの水脈に棲まおうが、勝手というもの」

「ですから、こうして俺が贄として」

縋れば縋るほど、ますます竜神の機嫌が悪くなっていくのを感じて、ハルの額に嫌な汗が浮かぶ。

「吾がいつ、人を喰らいたいなどと申した!?」

屋敷を振るわすような怒号が響き渡り、ハルは腰を抜かしそうになるが、握った拳に力を入れて耐えた。

口を引き結んだその様子に、呆れた竜神が嘆息する。

「だいたい娘ならまだしも、そのように筋張った童子では話にならんわ」

「子どもではありませんっ。十二になります」

むきになって答えたハルのか細い肢体に、竜神が目を瞠った。
肉は限界まで削げ落ち、肌は老人のようにかさついている。背丈も年相応とはとても言えない。
里の食糧はもう限界にきているのだ。

「女子《おなご》のように、肉は柔らかくはないかもしれません。でも……きっと良い出汁が取れますっ! 俺、骨には自信があるんです」

「はっ!?」

とんでもない申し出に今度は違う意味で目を見開いた竜神を、ハルは湧き上がる畏怖を堪えしっかりと正面から見据えた。
里のためにはここまできて引き下がるわけにいかない。

毅然とあげた顔の痩けた頬が、唐突に大きな手で鷲づかみされた。

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