人魚のいた朝に
緑と青が混ざったような色合いをしたロングスカートが、彼女の足元でユラユラと揺れる。
それがなんだが幻想的で、綺麗だと思った。
「初空は本当に、人魚みたいだね」
「へ?」
町の人たちが彼女のことを「人魚さん」と呼んでいたのは、泳ぎが上手いからだけでなく、その端麗な容姿を指す意味もあった。
「このスカート、すごく似合ってる」
不思議そうに僕を見る彼女の手を掴み、ゆっくりと身体を起こす。
「お母さんが作ってくれたの」
「おばさんが?すごいね。人魚の尾ひれみたい」
砂の上に広がるスカートに触れると、また揺れて皺が踊る。
「歩けへんのも、人魚みたい?」
「・・・え?」
その言葉に思わず顔を上げると、いつもよりも大人びた表情をした初空と目が合った。
「もしもほんまに魔女が居るなら、うちも海に潜ってお願いに行くのに」
「初空?」
「青一と一緒に歩ける足をくださいって」
眉を下げて笑った彼女の足首に、僕はそっと触れた。
「足、痛い?」
擦りながら聞くと、初空がゆっくりと首を振った。
「痛くないから、困っとる」
「・・・うん」
「うちもう、歩けへんのだって」
「・・・うん」
「この砂浜を走ることも出来へん」
「・・・うん」
「つまらんねー」
彼女の言葉に、何を言うことが正解なのかわからなかった。
きっと簡単な言葉では片付けられない傷を、初空は負ってしまった。
僕に出来ることなんて、あるのだろうか。
「でもね、青一」
俯いていた僕の頭に、その手が触れた。
「うちは、生きとるから」
「え?」
「だから、それだけで幸せだって思う」
顔を上げると、初空は優しく笑っていた。