人魚のいた朝に
「操る?」
「初空の書く詩は、いつも綺麗で繊細で、聞いていて心地が良い」
「・・・ほんまに?」
「うん。だけどそれを上手く褒める言葉を、僕は思いつけないから、尚更すごいと思う」
少し照れたような、だけどその瞳の奥に覗かせる期待を隠そうともしない彼女の手から、一枚のルーズリーフを取り上げる。
「あ、」
「初空は、字も綺麗だよね」
「中高六年に渡り書道部の青一には負けるよ」
「・・・バカにしてる?」
「まさか」
そう言いながらも口元を緩ませる初空に、わざとらしく溜息を吐いて見せる。
「でも、青一に褒められると嬉しいな」
「え?」
「天才に褒められるなんて、うちも秀才くらいにはなれた気分」
「何それ」
「だってみんな言うてるよ?“顔良し頭良し性格良し”の昼間三兄弟の末っ子は、特に優秀だって」
「それ、初空以外から聞いたことないから」
「みんなは遠慮しとるだけよ。青一は時々近寄り難いから」
「・・・悪かったな」
否定しないのは、自覚があるからだ。
友達は居るけれど、人見知りをしてしまう性格は、この町に来た時から変わっていない。
それに周りの友人たちがバカ騒ぎをしている時は、つい距離を取ってしまう。
そういうノリが嫌なわけではない。ただ、はしゃぎ方がわからないだけだ。だから一歩引いた場所で静観してしまう癖がある。
周りはそれを「クール」だとか言うけれど、あまり嬉しいものでも、自慢出来るものでもないと思う。本当はもっとみんなと同じように、大笑いしてみたりもしたい。
「拗ねてる?」
「拗ねてない」
初空みたいに、誰とでもすぐに仲良くなれる性格が羨ましい。
「ふーん」
目を細めて僕を見た初空が、机に両腕を投げ出して突っ伏せた。
柔らかな髪が、図書室の机の上でキラキラ光る。
夏休みの校庭からは、運動部の声がして、なんだか少し眠たくなる。
「右足は愛なのに、左足は憎しみなの?」