人魚のいた朝に
「そうだね。そうなることが、僕の夢だから」
「夢?」
「そう」
大きく頷くと、車椅子に座った彼女が、真似るように頷いて笑った。
「だったら、日菜子の夢と昼間先生の夢は同じだね」
「ああ、だから僕は毎日忙しい」
「そっか」
「日菜子ちゃんは?小学校楽しい?」
「うーん。まあまあかな?リハビリの方が好き!!」
そう言った彼女に、母親がまた呆れたように笑う。
「この子、昼間先生に会いたいだけですよ。リハビリ頑張れば、先生に褒めてもらえるって」
「もー!ママは静かにしてー」
「本当のことでしょう?今日のスカートも、先生に褒められたから毎日穿きたいって聞かなくて」
「え?」
母親の言葉に日菜子ちゃんを見ると、前に見たことのあるブルーのロングスカートを穿いていた。足元にいくにつれて色合いが濃くなるグラデーションの生地が、まるで海のように綺麗なスカート。
「人魚姫みたいだって、昼間先生に言われたって大喜びして」
「・・・あ、」
自分の言葉を思い出して、母親の顔を見た僕の前で、日菜子ちゃんが「ママ、内緒って言ったのに」と拗ねたように頬を膨らませる。
「でも本当に、昼間先生と知り合ってから、この子随分明るくなったんですよ。先生には感謝ばかりです」
目を細めてそう話す母親に、慌てて立ち上がり頭を下げた。
「いえ、僕はただの研究員で、ここにもときどきお手伝いに来ているだけなので」
言葉の通り、日菜子ちゃんのリハビリに僕が直接的に影響を与えることはなく、ただ勉強の一環として、多くの患者さんが通うこの場所に、ときどき顔を出しているに過ぎない。
基本的には、この大学病院と隣接している研究施設の中で、太陽の光を浴びることを忘れそうになるほどに、自分の研究に没頭している。
だからこうして、温かな光が降り注ぐこの場所を訪れることは、僕にとってもある意味でリハビリだったりもする。
「それで来週、福井の方へ家族で遊びに行くことにしたんです」
「福井ですか?」
「はい。綺麗な海があると聞いたので。先生のご出身なんですよね?」
日菜子ちゃんの母親の言葉に、今が夏休みであることを思い出す。