人魚のいた朝に
「“ああ、愛しいローレライ。死してもなお、私を愛すのか。ならば哀れなお前の為に、硝子の鱗を流してやろう”」
「ガラスの鱗?」
「まだ、途中!」
「あ、うん。ごめん」
慌てて口を噤む僕を睨んだ後で、初空がまた言葉を紡ぎ始める。
「“ああ、醜いローレライ。鱗はいつしかお前を覆い、荒れ狂う嵐の夜に、孤独な岩山へと変えるだろう。ああ、美しきライン川の魔女よ、今日もあなたの泣き声が聞こえた”」
「・・・」
「・・・どう?」
「え?」
食い入るように僕を見る初空に、その詩の披露が終わったことを理解する。
「ああ、うん。良かった。とっても。えーっと、登場人物が四人いた」
彼女の紡いだ詩を思い返しながら、どうにか感想を伝えようとする僕を見て、初空が満足そうに頷いた。どうやら答えは正解だったらしい。
「一人目は船乗りの男。二人目はローレライ本人。三人目は、その憎い男。で、四人目は・・・」
「ローレライ伝説に想いを馳せる、人魚伝説愛好家!」
「それって、初空?」
素朴な疑問に、初空は「そうかも」と笑って見せた。
大学生になって最初の夏休み。
第一志望だった京都の大学に通っている僕は、久しぶりにこの町に帰って来ていた。そしてそんな僕に早速会いに来た初空が、最近完成したらしい新しい詩を聞かせてくれた。
高校を卒業してすぐに、地元の缶詰工場に就職をした初空は、相変わらず趣味の人魚研究をしているらしい。
「それにしても、頭のええ人たちにはゴールデンウィークもないん?」
「え?あーそれは、本当にごめん」
入学と同時に、大学の近くにある学生用アパートで一人暮らしを始めた僕は、当初予定していたゴールデンウィークの帰省を、あまりの忙しさに見送ってしまった。
そのことを、初空はどうにも根に持っているらしい。
「どうせ、京女にうつつを抜かしとったんでしょう?」
「え・・・え!?」
思いもよらぬ疑いをかけられて、つい動揺してしまう僕から、初空が怒ったように顔を背ける。
「初空、変な誤解するなよ」
「どうだか。青一が合コンでモテモテやったって、太一が言うとったんだから」