人魚のいた朝に
「・・・え?」
彼女の言葉に顔を上げると、スッとその白い手を差しだされた。
「全然帰って来ないし、連絡もあれへんから、心配しとったんだよ?」
「ごめん」
「ええよ。青一は、うちの為に頑張ってくれとるんだもん」
「・・・」
言葉にしなくても、彼女にはいつも見抜かれている。
医学部を選んだのも、その中でも特に再生医療に力を入れている大学にしたのも、全部あの事故がきっかけだった。
でもそれを、初空に伝えたことはない。
「でも、帰って来た時くらいは、青一がそばに居ることを実感したい」
「そばに?」
「うん。だから、手繋いで?」
そう言って笑った初空が、また綺麗になっていることに気づいて、ゴールデンウィークに帰らなかったことを後悔した。
「初空はやっぱり、人魚みたいだ」
きゅっと手を繋いでそう言った僕に、彼女は照れたように顔を顰めた。
「やめてよ。それじゃあ、うちが不幸の象徴みたい」
「そういう意味じゃないよ。初空は、優しい人魚だ」
「え?」
「おばあちゃんが言っていただろ?人魚さんは、大きな自然災害が起きる前に、それを知らせにやってくるって。だけどそれがいつの頃からか、人魚が現れると災いが起きると言われ始めて、みんなから恐れられるようになったって。でも本当は、人魚は僕ら人間の味方だから、この町の人は“人魚さん”って呼ぶって」
昔々、この町の漁師に人魚が大津波が来ると教えてくれたのだとおばあちゃんは言っていた。人魚の言葉を聞いた漁師は慌てて港に帰ると、町中の人を連れて一番高い山に登ったのだと。そうしたら驚くことに、その数分後に本当に波が押し寄せてきて、小さなこの町の家々が海に飲み込まれたのだと。後から分かったのは、少し離れた場所でその時、大地震が発生していたそうだ。
もちろん、ただこの町に語り継がれる昔話に過ぎないけれど、僕は数ある人魚伝説よりも、初空のおばあちゃんがするこの話が一番好きだった。
「うちは、そんな大予言出来へんけどね」
「でも、初空には周りの人間を笑顔にする力がある」
「何それ?」
「本当だよ。僕はずっと、それが羨ましいって思ってる」
「・・・そうなの?」