人魚のいた朝に
「ねえ、次はいつ帰ってくるん?」
「どうかな。十一月の連休に帰れたらいいけど」
壁に掛かったカレンダーを指で追いながら、腕時計に視線を移す。
名残惜しい。初空と電話をすると、いつも最後にそう思う。
「十一月って、まだ一か月以上先よ?しかも、青一のことだから、結局は冬休みとかに、」
「初空、ごめん!」
「へ?」
「そろそろ、行かないと」
「ああ・・・そうだよね」
耳に届く声に、微かに寂しさが混じる。
「ごめん。また時間見てかけ直すから」
「うん。大丈夫だから、バイト頑張って」
「初空、本当にごめん」
離れることがどういうことかを、進学を決めた時から覚悟はしていた。
だけどそれが現実になると、どうしようもない歯痒さばかりが積もる。
「ええから。青一が元気なら、それで充分」
「・・・ありがとう」
「どういたしまして」と優しく笑った彼女の声が、最近大人っぽく聞こえる。
高校を卒業してからの半年は、目まぐるしいほどに早く時間が過ぎている。福井の小さな町を出て、京都にある大学に通い始め、同時に一人暮らしも始めた。
それだけでも大きな変化なのに、実際はさらに細かな変化の連続で、たったの半年なのに、生活のリズムや人間関係、物事の考え方や価値観までもが少しずつ変化している。
新しいものに触れることで、広がる世界もあれば、狭くなる世界もあって、良い意味でこの先の自分がどうなっていくのかを想像出来ない。
全てが変わっていく。
だけど同時に、変わらないものもある。
初空への想いだけは、いつどこにいても変わらない。
その存在が全ての原動力で、未来への道標でもある。
どれだけの変化に飲まれても、それだけは変わらない。
だから今は離れていても、僕らは変わらないだろう。
そうやって僕は、些細な変化を見逃していった。