人魚のいた朝に
「そうだけど、でももしも初空に気持ちを伝えるのなら、それぐらいのことをしてあげられる状態になってからしたいって思うんだ。そうじゃないと、初空を縛るだけの存在になる」
「縛る?」
「うん。彼氏らしいことは何一つ出来ないのに、初空を自分の手元に縛り付けるみたいで・・・虫が良すぎる」
きっと僕はそれで満足出来たとして、それは本来彼女が望む形ではないだろう。
一般的な、恋人同士。
そうなれない現状で、その関係を望むのは身勝手だと思ってしまう。
「でも、あいつはそれでもええ言うと思うけどな」
「え?」
「年末に、あいつの実家で飲んだ時に言っとった。いつか青一が、誰かのものになりそうで怖いって」
「・・・え、」
太一の言葉に思わず顔を上げる。
「それから、自分の気持ちが変化していくのが怖いって」
心臓が、わかりやすく動揺した。
掌にも嫌な汗が滲む。
「あいつの職場の上司の話、聞いたか?」
「上司?」
仕事の話は何度か聞いたことはあるけれど、特定の誰かの話は聞いたことがない。
「告白、されたんだって」
「・・・」
「それも、一度断ったけどまだ諦めずに、初空のことを想ってくれとるらしい。仕事もきっちり出来て、頼りになって、ハンデのある初空のことも理解して、いつもフォローしてくれる良い人だって言うとった」
どう表現することが正解なのかわからないけれど、とにかく突然後ろから殴られたような、考えもしなかった状況に突然迷い込んだ、そんな気分だった。
「・・・初空も、その人のことが好きなのかな?」
「いや、あいつはお前のことを想っとる」
「・・・そっか」
「今は、な」
「え、」
ホッとしたのも束の間で、太一が呆れた目で僕を見た。
「だから、今はお前のことを想っとるけど、いつか自分の気持ちが流されてしまいそうで怖いんやって」
「流される」