人魚のいた朝に
「綺麗な桜だねー」
「うん。こんなに咲いているとは思わなかった」
今年は随分と暖かいせいもあり、平安神宮の桜はすでに咲き始めていると、誰かが
大学で話していたのを聞いたけれど、本当だったようだ。
「知らんかったの?」
「あーうん。あまり来ないから」
実は京都に住み始めた大学一年の時に、一人暮らしの僕の様子を見に来た母親と一緒に来た時以来だったりする。
「そうなの?青一のアパートは、この辺りなんでしょう?」
「大学もすぐそこだけど、いつもアパートとの行き来だけだから」
「勿体ないなー」
「僕も今そう思ってる」
こんなにもゆったりとした時間を過ごすのも、いつぶりだろうかと考える。
「ねえ、青一」
「ん?」
「お昼食べたら、青一の大学見に行ってもええ?」
「大学?」
「そう。興味があるの」
「・・・別にいいけど、何もないよ?」
「ええの。大学生気分を味わうだけ」
高校三年の時、進路をどうするのか聞いた僕に、初空は迷うことなく「働く」と答えた。大学に行かないのかと聞くと、勉強したいことがないからと言っていた。
だけど本音は、きっと違ったのだろう。
初空はいつもそうやって、誰にも気づかれないように我慢をしている。
綺麗な二本の脚が動かなくなったあの日から、沢山のことを諦めてきたはずだ。きっと僕なんかの想像では追いつかないくらいに、苦しい時間。
「青一?」
「・・・え?」
「どうしたの?ぼんやりして、疲れた?」
心配そうに僕を見た初空が、右手を真っ直ぐに伸ばした。
だから目線を近づけるように屈むと、その手が僕の頬に触れた。
「うちにも、青一の世界を見せて?」
「初空」
「大丈夫。うちは元気よ」
キラキラと降り注ぐ太陽の光を浴びながら、初空が優しく目を細めた。
出会った頃からずっと、彼女には全てを見透かされている気がする。