人魚のいた朝に
そう言って唇を突き出す仕草が可愛くて、また声に出して笑ってしまう。
「青一、さっきから笑い過ぎ!」
「ごめん、ごめん」
「もう」
「そんな顔しないでよ。ほら、もう着いたから」
見えてきた大きな門を指すように目配せをすると、初空が急いで視線を向けた。
長い坂道の途中にある大きな門。
あまりに広大な敷地の為に、大学にはいくつかの門がある。南門と呼ばれるこの場所は、医学部のある南館を利用する学生や教員、それから研究棟の関係者たちが多く利用している。
もちろん僕も、入学してからの五年間、ここを通り続けている。
「わあ、綺麗な校舎」
「僕が入学する前の年に建て替えたばかりなんだ」
だから壁の白さもガラス窓の輝きも、さっき通った病院や医学部のある北館とは大違いだ。広くて綺麗で、騒がしくもない。
何かを学ぶには、この上ないほど整った環境だ。
「なんか、お洒落だね」
「お洒落?」
「こんな場所で生活しとるなんて、青一が一気にお洒落に見えてきた」
目を細めて楽しそうに笑う初空を見ていると、またくすぐったい気持ちになる。
いつも一人で歩く道を、彼女と一緒に進む。
違和感があるのに、心地が良い。
「でも、本当に怒られない?」
「怒られる?」
「だって、ここの学生じゃないのに」
辺りをキョロキョロ見ながら、初空が心配そうに聞いた。
「大丈夫だよ。中にある食堂も図書館も、学生じゃなくても利用できるから。それに何か言われても、僕が一緒に居るから問題ない」
「そっか」
「うん。まあ、面白くもないけどね」
肩を竦めて笑った僕を見て、初空もまた笑った。
それから構内をゆっくりと歩きながら、大学で学んでいることや、研究室の話をした。正直、聞いて面白い話とも思えないけれど、彼女が知りたいと言うから、言葉を選びながら一つ一つ説明をした。
時々、初空が「それってどういう意味?」と首を傾げるから、もっとわかりやすい言葉を探して説明をし直すけれど、その時はだいたい「難しいね」と返ってきた。